第一章 出発 4



 五人はそのまま、駅の西口まで走り続けた。

 途中で現場に駆けつけている途中らしい、二人連れの警官とすれ違った。

 駅構内地下まで行き、やっと足を止めひと息つく。


「参ったな、警察沙汰になったら明日のお出かけどころか、ゴールデンウィーク自体がおじゃんだ。危なかった、危なかった」

 いつものように真っ先に雄太が口を開く。


「怜子、お前切れるの早すぎ。ちょっとは我慢しろよ」

「あんたこそ手出すの早いじゃん、女連れの時は下手に出て穏便に済ますのが常識でしょ。いつもあんたが事を大きくするんじゃん、大して強くもないくせに意気がっちゃって」

「うるせえよ──」

 大輔がそっぽを向く。


「大輔くん、格闘技のチャンピオンなんですか」

 なにも知らない涼音が、おずおずと訊いて来る。

「ああ、あれは雄太のウソ。こいつ総合習ってたんだけど、練習が辛くてすぐに辞めちゃんたんだよね。なんでも三日坊主なんだ、でも構えだけは強そうだったでしょ。見映えはチャンピオン並なんだよこいつ」

 そう言って怜子が笑い出す。


「俺も恰好には自信があるんだよな、それを雄太の口がフォローする。俺たちのいつもの最強スタイル」

 一緒になって大輔と雄太も笑っている。


「えっ、ウソなんですか」

 戸惑ったように涼音がぽかんとしている。

「で、でも本当の喧嘩になったらどうするんですか」

 もっともな疑問を口にする。


「そんときゃ智司の出番だ、こいつは本当に総合やってたからな。俺と違って真面目に続けたから、そこそこいけるんだ」

「凄い、若林くん」

 どこかしら智司を見詰める涼音の瞳に、尊敬らしき光がこもっている。


「そんな事ないって、まだ一度も実戦で使ったことなんかないんだ。うまく行くかどうかさえ疑わしいよ。そんなに期待されても困る、大体において平和が一番なんだから」

 困惑したように、気弱そうな顔を曇らせる。


「いやいや、こいつ相当なもんなんだぜ。マジでプロの試合に出ないかって言われたことがあるんだから。テレビでも放送してる大きな大会だ」

「そうそう、涼音ちゃんも知ってるだろ〝グラッジ・ファイト〟」

 大輔の言葉を継いで、雄太が番組名を得意そうに教える。


「ええ、見たことないけど知ってます。そんな試合に若林くんが?」

 テレビで放映が近づくと、やたらとコマーシャルを流しているから、そんなものには全然興味のない涼音にも聞き覚えがあった。


「練習でこいつが勝ったことのある奴が、前の大会で大物食いをして一夜で有名になったんだ。その噂がテレビ局に流れて、二匹目のドジョウを狙ってのオファーが来たって言う訳。対戦相手は本場アメリカで売り出し中の、アルティメット無敗の有望株だったよな」

 まるで格闘技などとは無縁そうな智司の柔らかな顔を見て、彼女は自分が揶揄われているのかと疑っている。


「あの時はなにかの間違いだったんだってば、俺がそんなのに選ばれる訳ないよ。それに俺は本気で他人を殴ったり、痛めつけたり出来る性格じゃない。この気質はどうしたって変えられない、勝負事には不向きなんだ。それにあんな狂暴そうな選手と試合なんて、下手したら殺されちゃうよ」

「へへ、それはホントの話しだ、試合前には念書を書かされる。万が一の事態になっても文句は言わないっていうね。早い話し身体が不自由になったり、寝たきりになっても構わないという約束さ。そこには死亡も含まれる、実際に死亡事故も起きてるしな」

 大輔が真顔になり、低い声で涼音に言う。


「やだ、そんなの駄目だよ。ねえ若林くん、そんなの出ちゃ駄目だよ。死んじゃったらどうすんの」

 大きな瞳に、みるみる涙が溜まってゆく。


「こら大輔、涼音ちゃんを脅かさないの」

 そう言って、怜子が軽く大輔の頬にパンチを入れる。


「心配しなくて大丈夫、もう四年も前の話しなんだから。いまはもう智司もジムには通ってないから、安心しな」

 ひく付きながらハンカチを取り出して目を押さえている涼音を、怜子が胸に抱え頭を撫でてやる。


 しばらくそんな事を話した後、明日の待ち合わせ場所と時間を確認し、五人はそれぞれ家へと帰って行った。



 

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