序章 5



「えっ、若林くん彼女いないんですか」

 反射的に涼音が訊いて来た。


「いない、いない。今いないんじゃなくて、生まれてこの方ずーっといない。こいつ奥手だから女に声かけられないんだよね。俺から見てもそこそこだと思うんだけど、本人がこんな風だからさ」

 智司が答える前に、大輔がぺらぺらと喋ってしまう。


「ガッコの時もこいつの事好きな娘いたんだけどさ、こいつったら涼音ちゃんに夢中で結局噛み合わなくって、そのまま流れちゃったんだ。この純粋な恋心分かってやってよ」

 怜子の発言を受け、涼音が真っ赤になって俯いてしまう。


「マジお前らいい加減にしろ、前島さん気分害しちまってるだろ。俺を応援してくれるのは嬉しいけど、彼女のことも考えろよ。最初っから遠慮なさすぎだぞ、昔からの仲間じゃないんだから気を付けろ」

 智司が二人に喰ってかかる。


「い、いいえ、違うんです。わたし気分害してなんていません、だから若林くん怒らないで」

 小さな声で涼音が訴える。


「でも前島さん──」

「あのね若林くん、わたしも彼氏いないんです。生まれて今日まで、ずーっと」

「ええーっ」

 その場の四人全員が、揃って驚きの声を上げた。


「だ、だって高校の時だってサッカー部のエースと、バスケ部のキャプテンが涼音ちゃんを取り合ってるって噂になってたぞ。あれ結局どうなったの」

 雄太が昔を思い出しながら、興味津々に質問する。


「そ、そんなこと知りませんでした」

 おずおずと涼音が答える。


「一時期学校一の悪の、シンジの女になったっていう噂もあったよな。近隣の学校のヤンキーの頭と、涼音ちゃんを巡って決闘しただとかしなかっただとか。俺、当時から気に掛かってたんだよな」

 大輔が遠慮がちに訊く。


「ああ、シンジ君は親戚なの。小さい頃から一緒に遊んでて、街で変な人に絡まれてた時に助けてくれたことはあったわ」

 なんでもなさそうに涼音が笑う。

「し、親戚? なあんだ、親戚かあ・・・」

 気が抜けたように、大輔の顔が緩んだ。


「じゃあ、生徒会会長の高坂から結婚を前提に交際を迫られた件は、国会議員の息子の高見沢に家へ呼ばれたっていう話しは、英語教師の井上も涼音ちゃんに気があったって聞いてたし」

 大輔は学生の頃に気になっていた事を、いっぺんに訊きまくる。

 それを聞いて、涼音は目を丸くした。


「あ、あのわたし色々と噂されてたんですね」

 言われている本人が、一番驚いているようだった。


 しかし、当時の〝前島涼音〟に対する噂は、この何倍もあった。

 それほど涼音は美しかったのだ。


「真実はどうだったの? よければ聞かせてくれない」

 怜子が真顔で涼音を見詰める。

「全部初めて聞くお話しばかりです、真実と言われても答えようがありません。とにかくわたしは、いままで彼氏なんか一人も出来なかった所か、お付き合いした人も居ないんですから」

 その表情、口振りから、嘘を言っているようには思えなかった。


「なあんだ、全部嘘だったのか。やっぱ本人に聞くのが一番だな、これで胸のつかえがスッとした」

 お気楽な雄太はすっかりと納得して、店員を呼びつまみを注文している。


「いや、男の方はみな本気だったと俺は思うな。ただそれに涼音ちゃんが気が付かなかっただけだ、なんて気の毒な野郎どもなことか。青春、ああなんと残酷な季節なのか──」

 大輔は両手を組み合わせ、目を閉じて祈るように呟いた。


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