序章 4



 このグループは、高校のクラスメートで編成されている。

 みな大学へは進学せずに、社会人になった者ばかりである。

 初めの内は大学に行った者とも交流があったが、いつの間にか疎遠になり気が付けば今のメンバーで固定されていた。


 これに海外赴任の小田島雅和と、一昨年急な病で亡くなった吉崎錠一が居ればベストメンバーのはずであった。

 高校を卒業してから8年、もうみんな二十六歳になっている。


「涼音ちゃん幼稚園の先生なんだよ。どうよ、可愛くって清楚で言うことなしでしょ。先月偶然再会して、連絡先交換してたんだ。昨日電話したら連休の予定はなにもないっていうから誘ったの」

「お友達でもないのに来てしまって、ご迷惑じゃなかったですか」

 おずおずとした仕草で、下を向いている。


「怜子、俺はお前が大輔の彼女でよかったと、これほど思ったことはないぞ。さすがは怜子だ良い仕事をするな、見直した」

 さっきとは打って変わって、雄太が怜子を褒めちぎる。


「調子いいな雄太、お前のために連れて来たんじゃないっつーの。あたしは智司にどうかなって思ってんだから、余計なちょっかい出すなよ」

 怜子の言葉に、智司と涼音はどう反応していいのか分からず固まってしまう。


「さあ涼音、遠慮しないで座りな。ほらあんたら少し席を詰めなよ」

「おっ、おお──」

 怜子に言われ、智司と雄太はぎりぎりまで広く席を空ける。


「あんたら馬鹿か、誰がそんなに広く空けろって言ったんだよ。それじゃあんたらが狭すぎて飲み食いも出来ないだろ」

 あまりにも極端に席を詰めた二人を見て、怜子が呆れてしまう。

 そのやり取りを見て涼音も、おかしそうに声を上げて笑う。


「ど、どうぞ」

「すいません、お邪魔します」

 智司に促され、涼音が腰をおろす。


 涼音の髪から流れて来た香りが、智司の鼻をくすぐった。

 それだけで智司は、天にも昇る気持ちになる。

 前島涼音は智司にとっては高校時代の、憧れの存在だった。

 物静かなのだが決して目立たない訳ではなく、清楚さの中に華やかさを持った美少女だった。


 学生時代は、ほとんど言葉を交わしたこともない。

 ときどき挨拶をするくらいで、接点は皆無だった。

 それでも二年のクラス替えでその存在を知ってから、卒業までの間ずっと好きであった。


 卒業文集で、将来は幼稚園の先生になるのが夢で、そのために専門学校に通うことが記されていたのを智司は思い出した。

「夢を叶えたんですね」

 智司は思い切ってそう訊いてみた。


「えっ?」

 なんのことか理解できずに、涼音が訊き返す。

「あっ、その、幼稚園の先生──」

 その瞬間、涼音の顔がぱっと明るくはじけた。

「はい、卒業文集を覚えていてくれてたんですか」

 満面の笑みで嬉しそうに応える。

「は、はあ。まあ、はい」

 智司がしどろもどろに口ごもる。


「智司はね、高校のときずっと涼音ちゃんに恋してたんだよ。気付いてなかったでしょ、だって涼音ちゃんは綺麗でモテモテだったもんね。こんな地味なやつ眼中になくって当然だよ」

「ほんと、こいつ前島さんに夢中だったんですよ。でも気が弱いから声も掛けられなくって、片想いで卒業を迎えちまったけど。こうして再会できて、きっとこいつ舞い上がってますよ。なあ智司」

 怜子と大輔に高校時代のことを暴露され、智司は顔を真っ赤に染めている。


「す、すいません前島さん。こいつら勝手なこと言って、気にしないで下さい八年も前のことなんか。お前らもいい加減にしろよ、せっかくこうして来てくれてるのに変な話しするなよ」

「だって本当だろ、今夜こうして再会できたんだ。言っちまえよ、あのころ大好きでしたーって。どっちみち昔のことだ、その方がすっきりするぞ。なに遠慮してる、この恥ずかしがりめが。だから彼女の一人も出来ないんだ」


〝そんなこと言えねえよ、だって今でもまだ好きなんだから〟

 八年前と少しも変わっていない涼音の姿に、智司はあの頃の気持ちが再び湧いて来るのを止められなかった。


 昔の思い出になど出来るはずはなかった。




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