第二章 迷い道 2



「東京からわざわざこんな所まで来なさったんかい、そりゃあご苦労な事で。一体こんななんもない所にどんな用事がありなさる」

 五人は老婆から中に招き入れられ、居間に通された。


「連休を利用して温泉に浸かりに来たんです、最近施設が新しくなったとかでチラシで見たもんで」

 大輔が説明する。


「温泉? はあてそんなもんあったかいな」

 老婆が首をひねる。

「さあさどうぞ、お茶で悪いけど飲んでひと息つかれませ」

 老婆が五人分の湯呑み茶碗を出し、急須から茶を注ぐ。


 畳に置かれたちゃぶ台が、妙に昭和チックな雰囲気を醸し出している。

「若い方はコーラだのなんだのと言うのがええんでしょうが、あいにく年寄り夫婦しかおらんもんですまんのう。お菓子もおあがりなさい」

 お茶と一緒に、和菓子の入った菓子鉢を勧める。


 昭和五十年代までは、どこの家庭にもこの菓子鉢が卓の上に置かれていたものだ。

「いいえ、お気をお遣いにならないで下さい。すぐにお暇しますから」

 怜子が愛想よく対応する。

 雄太がすぐに手を出し、菓子を掴もうとするのをキッとした表情で怜子がたしなめる。

 それを見た老婆が、可笑しそうに笑う。


「遠慮せんでええからお食べ下さい、若い方のお口に合いますかな」

 その言葉に従い、雄太が栗饅頭のような形の包みを手に取った。

「おばあちゃん、いただきます」

 がさがさと包みを開け、パクリと食らいつく。


「わあ、美味しい。おばあちゃん美味しいです」

 雄太が笑顔を向けると、老婆が嬉しそうに頷く。

「温泉って、ここらにはそんなもんありませんがの」

 奥へと続く襖が開き、老婆と同じような年齢の老人が現れた。

 齢のわりには身体は丈夫そうで、背筋も伸びている。


「夜分お邪魔しております」

 智司が頭を下げる。

「ご主人、電話お借り出来ますか。スマホの電波がなくて、宿泊予定の宿に連絡を取りたいんです」

 大輔が電話を貸して欲しいと頼んだ。

「ああ、お使いなさい。そこにある」

 身振りで部屋の隅の台の上に乗っかっている、ダイヤル式の黒電話を指し示す。


「すいません、お借りします」

 大輔が初めて、電話をダイヤルを回して使用する。

 居酒屋から剥がしてきたチラシを見ながら、書かれている番号を回した。


〝はい、ペンションはるかぜです〟

 昨夜はノーコールで繋がったが、今夜は三コール要した。

「あっ、すいませんわたし別当と申しますが。──ええ、六時前には着くはずだったんですが道に迷ってしまいまして。──はい、出来れば道を教えて頂きたいんです。──ちょっとお待ちください」

 大輔は受話器を耳から離し、老人の方を向いた。


「ご主人、ここはなんという所ですか。住所を教えて下さい」

「平坂じゃ、四方津よもつ郷の平坂という所じゃ」

 老人が答える。

「ありがとうございます」

 軽く会釈をしながら、大輔が礼を言った。


「あっ、すいません平坂という所だそうです。────ええ、そうです四方津郷です。──はあ、そうなんですか。────そんなこと言われても、弱ったな、あっ・・・」

「ちくしょう切りやがった」

 舌打ちしながら、大輔は受話器を戻す。


「ああ、どうも電話ありがとうございました」

 電話を借りた礼をしながら、大輔は困惑した表情で仲間を見る。

「どうした、問題発生か」

 智司が言う。


「ちょっと来てくれないか」

 大輔が茶の間から出て、玄関先に移動する。

「なんなの、ペンションの方はどう言ってるの」

「いいから集まれ」

 怜子の文句を無視し、大輔は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「なんて言われたんだ大輔、いい話しじゃなさそうだな」

 智司がみなを代表して問い詰める。

「まいったよ。ペンションのやつ平坂という地名を聞いた途端に、急に声が冷たくなっちまった。そこからだと、道が細くて危険な場所もあるからあした明るくなってから来てくれって言うんだ。道は平坂からセンビキという所を抜ければ一本道だから、すぐに分かるらしい。今夜の宿泊分は無料でキャンセル扱いにしてくれるそうだ」

「なんだよそれ、今夜どうしろってんだよ。車の中で五人過ごせっていうのか、冗談じゃねえぞ」

 雄太が声を上げる。


「大きな声を出すなよ、ご夫婦に聞こえちまうだろ」

 大輔がたしなめる。

「ねえ、ご主人に道を聞いて強引に行っちゃおうよ。今晩泊まる事になってんだから部屋は空いてるはずよ、行っちゃえばどうにかなるって」

 怜子が提案する。


「そうだな、狭い車の中で一晩過ごすのはきついよ。無理してでも行こうぜ」

 雄太が賛成する。

「でもよ、あの電話での言い方だと結構危険な道みたいだったぜ。事故を起こしたんじゃ本末転倒だ、慎重になった方がいいんじゃないか」

 大輔が反対する。


「車内で一晩過ごすんだったら、いっそ東京に戻らないか。運転ならそのまま俺がするから、明日の早朝には帰りつけるよ。こんなケチのついた旅行はやめたほうがいい、戻ろうぜ」

 智司は東京へ帰る事を主張する。


「わたしは智司くんに賛成、なんだか怖いもの」

 小さな声で、涼音が智司に賛同する。

「引き返すのはいいけど、また道に迷って一晩中彷徨う事になりゃしないか。明るくなるまで待った方がいいと思う」

 いつもはお気楽な雄太が、真剣な目をしている。


「さあて、どうしたものかな──」

 大輔同様、みな不安な頭でどうするべきかを考えていた。

「どうなさった、なにか困り事でもござったのか」

 そこへ老婆が顔を出した。


 五人が一斉に老婆の顔を見る。

 そんな中、雄太の口元に笑みが浮かんだ。

「あ、あの、お婆さん、今晩ここにわたしどもを泊めて頂けませんでしょうか」

 雄太が、不躾な願いごとを切り出した。


 いきなりの言葉に、老婆だけではなくほかの四人も驚きの表情で啞然となった。

 こんな所が雄太の真骨頂である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る