第23話 生者と死者

 薄明かりを迎えた東の空に、屋敷からたくさんの光が天に昇ってゆくのをサラ達3人は屋敷の中庭にある物置小屋から眺めていた。


「あれは……ここで行方不明になった人たちの、魂?」

 

 いくつもの温かみのある光の球が、屋敷の様子を確かめるようにいつくか周り、名残惜しそうに天に消えてゆく。

 

 ——シモンも……?


 朝日が屋敷の窓から差し、陽を浴びたアルカードの指先を焦がす。アルカードは物置小屋の影に身を隠すように移動した。



「私は姿を保てなくなる時間だ……」



 ——!?

 困惑した表情のサラにオルファが説明する。


「元々、コイツは100年以上前にこの場所で死んでいる。今のアルカードの姿はイザベラの魔力によって保たれたもので、その呪いが解かれた今、姿は見えない幽霊ゴーストに戻るのだろう」


「それは、成仏するの……とは別だよね?」


「そうだな。お前に見えないってだけで、ここの地縛霊に戻るってだけだ」

 律儀に説明するオルファを苦笑しながら眺めるアルカードも頷いている。


「もう、会えないの?」

「寂しくなるな」

 アルカードが目を細めてサラを見据える。その姿は日の光の中でうっすらと透けて見える。


「元々、生者と死者なんてのは一緒には居られないんだ」

 オルファはあっさりと答えるが、サラは目の前の景色が再び滲んでくることに耐えられ無かった。


「あなたを、きっと故郷のアネモネの咲く丘に連れて行くから!」


 サラが何かを吹っ切るように部屋の奥の暗闇へ進むアルを追いかけながら力強く言う。澄んだ朝の光が二人の跡を追うように小屋の中を照らしてゆく。アルカードの姿は追い立てられるように部屋の暗がりへ逃げてゆく。


「あなたが、いたから私……」


 あの、痺れるような眼差しも、言葉を選んで向けられる美しい笑みも、最後にしっかりと見ることも叶わない。サラの胸が戸惑いに潰れそうになる。


 アルカードは闇を探す歩みを止め、サラに手を伸ばし、髪に優しく触れる。顔はよく見えない。


「サラ、約束してくれ。もう、諦めながら生きることはないと」


 サラは肩を震わせ頷くが、声にならない。


「起きてしまったことを無かったことにはできない。しかし、生きていれば人は過去に学び、今を生きることができる。

 私たち死者の声はもう君に届くことはないけれど、それだけは忘れないで」


 アルカードの顔は暗がりで見えなかったけれど、出された手の温もりをサラは確かに感じていた。

 吸血鬼の時の彼とは違う、温かでやさしい手の感触だった。


 ——彼の魂は暗闇の中でしか生きることができなかったけれど、それでも、光を求め歩き続けたアル……


 彼の志を、サラは心に刻みつけるように強く頷く。


「はい……約束します」


 壊れた窓から差し込む日の光が小屋全体を照らしたとき、そこには泣き崩れるサラと、傍に立ち尽くすオルファの姿だけがあった。

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