第20話 因縁

 ガキンッ


 鋭い刃物のようなものがシモンの構えた剣にぶつかり、鈍い音を響かせる。


「あーあ、植物はやっぱりダメだね」


 予想外の方向からの言葉にサラの肩が跳ねる。どこかで聞いたような声だ。

 声のする後方に顔を向けると、いつかの『シテル』と呼ばれていた青髪の男が立っていた。


「悪いけど、君たちをここから返すわけには行かないよ。俺がご主人様に怒られちゃうからね」


 いいながら、シテルはサラ達に向かって手のひらをひらひらと動かした。瞬間、目も開けていられないような突風がサラ達を襲う。


「このままじゃ、飛ばされちゃう!」


「幽界の果てまで飛ばして二度と現世に戻れないようにしてあげる」


 シテルが手を前にかざすと一層激しい鎌風が吹き荒れ、突風に加え、刃物のような風がサラ達を襲う。サラはアルカードの背に隠れるように立っていたが、突風に晒された彼の羽のようなマントはところどころ千切られていた。


 剣で鎌風をかわしながら、シモンがサラ達を守るように前に出る。


 ——ガキンッ。——ゴキンッ。

 風切り音に混ざって、鋼が鉄とぶつかるような響きを持ったざらついた冷たい音が至る所から聞こえる。


 アルカードとオルファがサラの左右を囲み、硬化させたマントと杖を使って同様に鎌風による攻撃をかわす。


「防御一辺倒じゃ、ラチがあかないな……」

 オルファが杖で攻撃を受け流しながら言う。


 どこから襲ってくるかわからない攻撃は受けるだけでも神経を使うのだろう。体力もじわじわと削られていそうだ。祓魔師の装束もあちこちが破れ、杖を持つ手も傷だらけだ。


 ——ガガァ!ガァァーッ!


 頭上から獣の鳴き声が聞こえ、アルカードは天を仰ぐ。


 はるか上空ではサラ達の死骸を期待しているのか、ハゲタカのような不気味な形をした生き物が集まって空中を旋回していた。


「ああ〜楽しいなぁ。人間を切り刻む時の感触が最高なんだ……」


 シテルは恍惚の表情で話しかける。


「以前に司教の女だったというシスターをつま先からゆっくり切り刻んだ時は、泣き喚いて最高だったなぁ……あの司教、自分の女を囮に使いやがった。なかなかの鬼畜だったよ。

 女の名前は確かメアリ・コンスタンティンとか言ってたかなぁ……」


 鎌風の威力は一層大きなものになった。前衛を務めるシモンも攻撃を受けるたびに少しずつ後ずさる。

 アルカードはまだ上空の様子を伺っていた。飛翔している魔物は荒れ狂う突風には関せず、どんどん高度を下げている。


「鎌風の威力が強くなるに比例して、暴風が吹き荒れる範囲が狭くなっているようだ」

 アルカードが上空を見ながら言う。


「私をこの突風の範囲外に投げてもらえれば、紫霧となりシテルの背後に回ることができる。その隙に奴を攻撃できれば……」


「っても、お前みたいな大男を投げられる奴……」

 オルファはシモンを見た。使い込まれた鎧の間から筋骨隆々の逞しい腕がのぞいている。


「大丈夫だ。コウモリに姿を変えるから、それを上空に投げてくれればいい」

 

 アルカードの声は同じ幽霊ゴーストであるシモンには届いているらしく、大きく頷くシモン。


 シテルはかざした手にさらに気合いをこめるような姿勢になると、殺意に満ちた瞳でサラ達を見下し言った。


「人間なんて、みんな傲慢ごうまんで嘘つきで悪い奴らだ……イザベラ様を傷つける奴らはみんな死ねばいい」

 

 次の瞬間、今までに無いほどの衝撃がサラ達を襲う。いよいよ立っていられないような暴風が吹き荒れ、巨大な鎌が風の中に現れ、襲いかかる。


 鎌の攻撃を正面から剣で受け止めたシモンはその衝撃でサラの位置まで吹き飛ばされた。

 オルファが全員が入れる大きさの魔法陣を敷くと、青い光がサラ達を包む。

 一同はその薄衣のような結界の中で、暴風と鎌風に耐える。


 アルカードの言う通り、一撃の破壊力は上がったが、暴風の範囲は小さくなっているように思えた。

「今だっ!」

 次の鎌風の攻撃を避けたタイミングでアルカードは打ち合わせ通り大きなコウモリに姿を変える。

 瞬間、シモンはアルカードが化けたコウモリのくびを掴んで大きく上空に投げ飛ばした。


「おっ!おい!せーの!くらい言え!」

 急な転換にタイミングを逃したオルファが攻撃を正面から受け止めながら叫ぶ。


 コウモリ姿のアルカードはサラ達の上空で赤い霧になって消えた。

 しかし、激しい風切り音は続き、シモンとオルファが懸命にサラを守っている。


「うげっ」


 シテルの声が聞こえて、突然風が止んだ。


 シモンに身体を預けていたサラが顔をあげると、アルカードがシテルを羽交い締めにしている最中だった。


「はっ離せ!お前いつも邪魔しやがって!」

 

 風が止んだのを確認したオルファは目にも止まらぬ速さでシテルに迫り、仕込み杖を振りかぶっていた。


「オルファ!ダメっ!」

 

 サラは声をかけたが、遅かった。 

 ——彼に老人からもらった羽飾りを見せれば、きっと元の姿に……


 オルファの仕込み杖は躊躇なくシテルの首を貫いた。



「俺が、オルファ・コンスタンティンだ。くそったれ」



 オルファが耳元でささやいた言葉に、シテルはその眼をぐるりと回し、目玉が飛び出してしまうほどに目を向いた。

 オルファが杖を抜くとシテルは驚愕の表情のまま、首から大量の血が吹き出し、その場に倒れた。


 サラは驚きつつも、オルファを責めることはしなかった。


 ——彼の言ったことが本当なら、シテルが殺した女性とは、オルファのお母様……


「オルファ、あなたのお母様の……」


 オルファは無言で俯いたまま、絶命状態のシテルの様子を眺めている。


 サラはまだピクピクと痙攣を続けるシテルの眼前にそっと『古びた羽飾り』を置いた。


 羽飾りが目に入ったシテルは何やらパクパクと口を動かしているが、声にならない。やがて諦めたようにゆっくりと目を閉じ、二度と開かなかった。



「これでやっと帰れるな」

 シテルが息絶えたことを確認したオルファが改めて周囲を見回す。


「とりあえず、俺が開けた幽界の穴のところまで戻らないと。もう時間がない」

 サラ達は出口に向かって駆け出した。

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