第18話 被害者つきの現場検証

「……たしか、この崩れた外壁のところで待ち伏せされて……」


 早速、アルカードの亡骸を探すため、月明かりの下、記憶をたぐりながらの屋敷捜索が始まった。


「さながら現場検証ですね」

 サラが枯枝をかき分けながら言う。


「百年以上前の事件のな。しかも殺害された被害者付きでだ」

 オルファが意地悪そうに笑う。


「たしか……最後に見たのは無花果いちじくの木だった」

「無花果なんか、庭に植える人間なんているんでしょうか」


 サラの育った地域では無花果を庭に植えるとその家から死人や病人が出ると言われ、亡者がたむろする木と言われていたことを告げる。


「確かに。こっちでもそんな曰くが……あった!!」

 オルファが薮に頭を突っ込んだまま叫んだ。


「へー、無花果が不吉だって話はどこにでもあるんですねぇ」

 違う違うとオルファが重ねて怒鳴る。サラとアルカードがオルファの背中から覗いてみる。


 そこには、二メートルを超える立派なイチジクの木が、ほこのように鋭い切れ込みの入った葉を力いっぱい纏い、生命力溢れる姿を誇示していた。


「なんか……この木だけやたら元気ですね」

 他の枯れ果てた薔薇や、朽ちた木とは一線を画すように、生き生きと生命力を感じる姿は、寧ろ妖しい美しさがあった。

 アルカードとオルファは、物置で転がっていた農具を使い、その下を掘っていく。


「あ!オルファ、そんなに乱暴に掘っては、遺体に傷がついちゃいます!」

 サラが物置から持ってきたランプで地面を照らしながら注意する。


「うるせー!もう死んでるんだから、今更ちょっと身体貫通するくらい関係ねーだろ」

「ははは。確かにそうだ」

 アルカードも笑っている。サラは彼の元気な様子を見て少し嬉しくなった。


 そうやってしばらく無花果いちじくの木の下を掘り返していたその時、ガチンッ!と鈍い音がしてアルカードの持っていたスコップが何か硬いものに当たる。

 該当箇所を丁寧に掘り出しランプの光にかざしてみると、そこには月落ちの青いアネモネの紋章が描かれたバッチがあった。


「これは……私が旅に出る際に胸につけていた物だ。殺された際に盗られていなければ、やはり私の死骸はこの場所にあるはずだ」

 オルファとアルカードはバッチを見つけた場所を探すと、すぐに髑髏しゃれこうべを見つける。


「……これが、アル」

「本当にあったな」

「まさか、自分の髑髏をこの目で見る日が来ようとは……」


 三者三様の驚きであった。

 アルカードは自分の物と思われる髑髏を手にとって不思議そうに眺めている。


 この髑髏を、私の故郷の地に持っていけばいいのね。


 ——そうして、恋人に会えたら、アルは成仏してこの世から居なくなってしまうのだろうか。

 サラの胸に少しだけ冷たい風が吹き抜けたような寂しさが感じられた。



 不意に、地の底から聞こえるような陰惨でおぞましいイザベラの声がサラ達の耳を襲った。


「見いつけた」


「まとめて悪魔への手土産にしてくれる」

 イザベラの声と共に急遽真っ黒な空間が足元に現れ、闇からたくさんの荊棘いばらの触手が伸びてサラの脚にビッチリと絡みつき、闇に引き摺り込もうとした。


 幸いオルファが持っていた杖でサラの足のイバラを切って引き寄せ、サラはことなきを得たが、アルカードは脚と腰にまで波打つような荊棘が巻きつき、ゆっくりと闇へ引き込まれていた。


「アル!まって!」


 伸ばした手も虚しく、アルカードを飲みこんだ触手は狭間の闇へ消え、闇の空間は音もなく消滅した。

 サラは消えゆく闇の中に、微かにあの鎖でつながれた老人の姿を見たような気がした。



「アルを助けに行かないと!」

 サラはアルカードが消えた場所を掘る。


「やめろ。無駄だ!おそらくアルカードが連れて行かれたのは、地中などではなく、幽界ゆうかいと呼ばれる場所だ」


 幽界は、天国でも地獄でも現世でもなく、死んだ魂が集う世界、悪魔や魔物の棲家すみかだとオルファは続ける。


「それなら、なおさらすぐに救出しないと。また同じように記憶を封じられてしまったら、アルはまたイザベラのしもべにされてしまう」


「すでに幽霊ゴーストになっているアルカードならまだしも、幽界は我々生きている人間が行って無事でいられる場所ではないんだ。おそらく、これはお前と俺を幽界に連れて行く罠だ。行ってはダメだ」

 オルファは真剣な顔でサラを説得する。


「あいつは元々死んでる人間だ。でも、お前は生きてる!生きてるお前が死んじまったら意味がないだろうが!」

 語気を強めるオルファをサラは恨みを込めたような双眸で睨め付ける。


「私こそ幽霊みたいだった!後ろも前も見ないようにして、生きてても死んでいるようで。

 時間が止まっていたのは私だった。でも、アルは違った。全部受け入れる覚悟を持って大切な記憶を取り戻して、前に進むことを望んだ。私はそれを羨ましいと思ったし、支えたいと思った。

 死んでるとか、生きてるとかそんなの関係ありません!」


 サラは地面を掘り続ける。手が泥に汚れ、爪が割れ血が吹き出しても手を止める様子はない。オルファはその手を取り、サラに落ち着くように優しく語りかける。


「……わかった。一緒にアルカードを助けに行こう。ただ、生きている人間が幽界にいられるのはわずかな間だ」


 オルファは周りを見渡す。打ち捨てられた燭台を見つけ、大きな黒い蝋燭ろうそくを肩から掛けていた道具袋ら取り出す。


「この燭台の蝋燭が消えるまで」

 拾った燭台に黒い蝋燭を取り付ける。


「だから、アルカードを見つけたらすぐに連れてくるんだ」


 オルファは紫の布を広げて何やら呪文を唱え始めた。

 唱え終わり、聖水をかけた仕込み杖で目の前の空間を切り裂くと、アルカードが連れ去られたような暗闇の異空間が宙に現れる。


「いくぞ!」

 オルファに手を引かれて、サラは闇の中に入っていった。

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