第15話 隠し部屋1

 朝を待って、オルファとサラは金の糸を辿った。


 隣を歩くオルファが昨日の高貴な印象の洋服からいつもの祓魔師エクソシストの格好に戻り、元の小生意気そうな青年になってしまったことにサラは少しだけ寂しさを感じて彼を眺めた。


「あ?なんだよ、まだ寝ぼけてんのかよ?」


 昨晩、魅惑の旋律の元にイザベラを含む全てを感動させた演奏をした人間と同一人物とは思えない。


 ——意外性って恐ろしいわね。


 隣で杖を振り回しながら歩くオルファを見ながらサラはなにとはなしに考えていた。

 

 ずっしりとした石像が並ぶ、重厚感のある玄関ホールを抜け、陽が燦々と降り注ぐ食堂の大きな暖炉についた。脇には薪などを入れておく小部屋に続くドアがあり、糸はその中に続いている。


 食堂のとなりの小部屋には暖炉で使うための道具が一式収められている棚があり、その他にも燭台や予備のナプキンなど、諸々の道具が荒れ果てた様子で収められていて、物置になっていた。


「あら……ここから先は壁だわ?」

 金の糸を手繰っていたサラの手が止まる。糸の続く先には、年代物と思われる大きな食器棚がある。


「重そうな食器棚だなぁ」

 オルファはガタガタと棚を揺らしてみる。移動するのは難しそうだ。


「この糸、食器棚の中に続いてる……」

 

 波を模った美しい彫刻がガラス戸を飾り、高級感のある上部に比べ、下半分は無骨な木材の作りでなんだかチグハグな印象だった。金の糸はその下半分に続いている。サラは下部分の戸棚を開けてみるが、中には上に飾るには大きすぎる皿や、場所をとりそうな水差しが入っているだけだった。糸はその皿と水差しの間から床下に向かって刺さるような形で辿ることができなくなっていた。


「うーん。食器棚の下に続いていそうだけど……」


 サラはもう一度食器棚の全貌を眺める。


 年代物と思われる食器棚はその厚さの割に、表に向いているガラス戸から見える部分に比べ、下部の物入れ部分は妙に奥行きが浅いような気がした。もう一度、下の部分の戸を開ける。

 戸棚の奥の壁に、窪みのようなものが見える。サラはそこに指を引っ掛けて手前に引いてみた。「あ!」

 食器棚の下半分の壁は二重の構造になっていて、奥の壁を外すと地下へ続く階段が現れた。


「お前、なかなかやるじゃねーか」

 開け放った食器棚の傍に立っていたオルファが地下への階段を見ながら関心したように呟いた。


 陽の届かない、冷たく暗い石造の道が続いている。天井からぼろのように下がっている蜘蛛の巣が、この地下道には長らく訪問者が居ないことを物語っていた。


 入り口こそ四つん這いにならないと入れなかったが、一度入ってしまえば天井もそこそこ高さがあり、立って歩いてもぶつけるようなことはない大きさの通路だった。


「こんな秘密の通路、なんのために作ったんだろうな」

 オルファが蝋燭ろうそくの小さな灯で壁や天井を舐めるように照らす。サラの声や足音以外にはどこかで水が滴るようなわずかな音しかしなかった。


「わかりません。でも、普通の屋敷では必要がないでしょうね」


 いちいち目的の部屋に向かうのにこんな道程を使う必要があるなんて、何か後ろめたい事情でもあったのだろうか。


 湿気を含んだひんやりとした冷たい空気が漂う、暗い手彫りのトンネルのような道を進んで行くと、人が十人くらいは入れそうな広い空間に出る。

 天井からは鳥の羽や何かの動物の骨で作った奇妙な形のオブジェが無作為に吊るされており、二人の行手を阻んだ。


「なんだこれ?呪術か何かか?」


 部屋の真ん中には黒く、大きな四角い台座のような石が鎮座していた。石の奥の壁には、すでに壁と同化しつつある蝋燭や、並んでいた燭台、何かの供物の痕跡がみられ、祭壇のような造りだった。

 

 オルファが祭壇をよく見ようと中央の石の台座を回り込んだ瞬間、

「わっ!なっなんだ?」

 脚の部分に何か引っかけたように飛び退いた。


 台座を挟んだ格好のサラには状況がよく掴めなかったが、オルファは自分の足元にまじまじを視線を落としている。


 ——ザラ、ジャラジャラシャラ


 重たい金属や鎖を引きずるような不快な音が部屋に響く。


「こいつ……生きてる?のか?」

 オルファがかがみ込んだのを確認して、サラも後に続く。


 オルファがしゃがんでいる石の台座のすぐ傍には、木の枝が錆の浮いた鎖でひと塊に巻かれ転がっていた——ように見えた。


生者せいじゃか?」

 転がった薪の塊から声がした。


 汚れたガサガサの皮膚と、痩せて骨と皮だけになった身体だったので、干からびた木の枝かと思ったそれは、よくみると太い鎖の首枷と手枷をつけられた痩せこけた老人だった。


「おい!じいさん大丈夫かよ?!」

 オルファは鎖を外そうとするが、老人を繋いだ鎖は石の台座の根本にしっかりと打ち込まれ、びくともしなかった。老人を戒めている鎖は首と手を木製の一枚板で直接繋いでいるものに繋がっており、甚だ動きにくそうで哀れだった。


「これ、外れないのですか?」

 サラも老人に駆け寄る。


「よい。もう慣れている。それより、あなた達は、どうやってここに来なすった」

 老人が、白く濁った目をサラ達に向ける。見えているのだろうか。


 サラとオルファはイザベラに封じられた記憶を探しているという事情を老人に話した。老人はわかったのか、わかってないのか「ふぅむ」と少し考え込んでから言った。


「イザベラ様は眠っておられる。ほれ、そこの石棺で」

 隣の石の台座ののようなものを指す。これは、棺だったのか。

 オルファが石棺と呼ばれたモノの蓋部分を動かそうと力を込める。


「ほっほっ。無駄じゃよ。イザベラ様が眠っている間は契約している悪魔がそこを守っておる。絶対に動かせまい」


「あなたは……誰なんですか?どうしてここに?」

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