第14話 囮作戦2

 最後までなんだかんだと文句を言っていたオルファは、結局、日が暮れる前までには準備を整えて戻ってきた。


 どんな手を使ったのかは聞かなかったが、無事に『金のローブ』から糸を借りられた(くすねた)ようだった。

 また、事前にサラに言われたように教会服を脱ぎ、私服に着替えていた。


「まったく、こんなことが教会にバレたら、それこそ俺が首だけになって送られてくるぜ?」


「なんて不謹慎な!」

 そう言いつつ、サラも本気で怒っている訳ではなかった。


「うーん、もう少し、髪の毛とか、無造作でもいいかもしれないです……少し寝癖とかあると可愛いかもしれないです」


「なんだそりゃ」


「女の人は、男性のこういう所に母性をくすぐられるんですよ」

 サラは楽しそうに笑う。


「随分と詳しいんだな」

 普段とは違う格好と髪型にとまどうオルファ。


「……シモンが、そんな感じの男でした」

 シモンの事を思い出すサラの心は、昨日までと違い、じんわりと暖かくなった。


「強くて、一途で無造作ヘアー……そんなイイ男いたんだな」

 サラは自分の気持ちに少し躊躇いながらも「そうなんです」と笑って応じた。


 いつの間にか日没を迎え、普段とは異なる装いのオルファを不思議そうに眺めているアルカードが部屋の中に現れた。


 イザベラの秘密の部屋を特定するための作戦を共有し、三人は早速実行に移すことにする。



 ******



 星のない深海のような夜だった。


 オルファは薄暗い礼拝堂で独り、長椅子に座っていた。緊張しない質なのか、大きなあくびをしている。


 アルカードとサラは離れた場所からオルファを見守る。


「現役のアルに比べると、高貴さが少し足りないですね彼は」


「男前の年季が違う」

 アルカードはキリッと答えた。


 しばらくそうしてイザベラが現れるのを待っていたが、一向に気配はない。


「なかなか、現れませんね……」

 このままでは作戦は失敗に終わる。なんとかイザベラを誘き出さなければいけない。サラは以前東の寝室で読んだ日記に役立つ情報が無かったか、懸命に思い出そうとした。


 ——確か、イザベラは音楽が好きだった。

 オルファはああ見えても教会務めの身。基本の鎮魂歌レクイエムくらいは弾けるのではないか?


 遠くにいるオルファに手信号で内容を伝える。


「……何やってんだ?あいつ」

 オルファは白けたような視線をサラに送っている。もうやけっぱちだ。懸命にオルファの向こう側にあるオルガンを指差し、両手で鍵盤を弾く動作をやってみせる。

 

「タコの脚?……オルガン?弾けって?」

 

 ようやく通じたのか、オルファが面倒くさそうに奥の古びたオルガンに向かう。

 わかったと言う風にこちらに向かって手を挙げてみせてから、オルガンの埃まみれの蓋を上げ、何かを確かめるように鍵盤に指をのせる。


 まもなくマイナー調の物悲しげな調べが聞こえ、オルファは左右の手で異なる速さが混在する疾走感のある曲を奏で始めた。

 とたんに、それまでひっそりと静まり返っていた礼拝堂の空気が一変する。


 オルファは右手が十六分音符、左手が六連符の複雑なリズムを軽快なスタッカートで軽々と弾きこなしている。


 幼少の頃からピアノを習っていたサラには、この曲の難しさがひしひしと伝わってきた。


 ——こんなの、片手づつ出来たとしても、なかなか両手では弾きこぼしてしまう。

 何度も何度も繰り返し練習して身体に覚えさせないと……。


 平素の彼からは想像もできない哀愁と焦燥感を含んだ繊細な調べは、その場にいるサラとアルカードを惹きつけ感動へと導く。オルファの演奏に包まれた礼拝堂は、もはや荒れ果てた屋敷の一部ではなく、その地点だけどこか他の場所にいるかのようだった。


 甘美な演奏が終わると、どこからか拍手の音が聞こえる。音の方を見やる、礼拝堂の入り口付近の長椅子に、いつの間にかイザベラが座っていた。


「素敵な演奏……。どなたか有名な奏者様かしら?」

 イザベラは演奏の終わったオルファに音もなく近づいて行く。


「いえ……母に習った程度の腕です。奏者にはなれるような実力はありません」


「あら、素敵なお家ですのね」


「お褒めに預かり、光栄です」

 イザベラから褒められたオルファは自然な動きで紳士的に彼女の手の甲にキスを落とす。

 さらに、胸ポケットにさしていた金の糸を巻きつけた薔薇を颯爽とイザベラに渡す。


「また、ここにオルガンを弾きにきていいですか?」

 子犬のような可憐な眼差しで懇願するようにイザベラを見上げる。

「きっとまたいらして」

 満足したように、思わせぶりに礼拝堂の扉を開けて、外の馬車に乗り込むイザベラ。馬車にの中にはザベラの他に2人の美しい男が乗っていたが、片方は以前にサラに絡んできた青いタキシードの男だった。


 馬車はそのまま夜の闇に溶けていったが、その跡にはか細い金の糸が静かに光を放っていた。

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