第12話 守護霊の正体
「シモンだったのですね」
長物語の疲労のせいか、それとも悲しい想い出のためか、なんとなく憔悴したような寂しそうな横顔の陰影を落としながらサラが力なく言った。
アルカードの手が優しく頬を撫で、いつのまにか溢れていた涙を優しく拭う。
「お前は、そうして自分の寿命が尽きる日を待ち望んでいたのか。生きていることで罪が増えていくとはそういうことだったのだな」
サラを憐れむような眼差しを向け、幼い子供にするようにサラを胸に抱く。
「悲劇を嘆いて記憶を閉ざしても、そこに出口はない」
「だけど、私がさっさと彼の手をとって逃げていれば、シモンは死なずに済んだ」
サラが柄にもなく声を荒げる。
「死なずに済んで、その後どうなった?お前が考えた通り、使用人が貴族の娘を攫って逃げて、まともな生活ができるとは思えない。
メンツを潰された相手は全力でお前達を探しただろう。
もし捕まったのなら、相手の男は酷い拷問の末に苦しみ抜いての死が待っているし、君は一生幽閉の身だろう。
万が一、逃げおおせたとして、今まで貴族の娘として
アルカードの言葉に、じゃあどうしたら良かったのかと言うようにサラは眉根を寄せて項垂れる。
「今は私だけが、のうのうと生きている」
「出会わなければよかったと思うのか?」アルカードが聞く。
「まさか!」
サラの表情が強張る。
「それどころか……好きだった、のかと思います。一緒にいて安心できたし、心から信頼していた」
瞳に再び涙が溢れる。
「そうだ。それでいい。それならば、心の中に彼の居場所を作ってやるべきだ。変に閉じ込めたり、押し込めたりしないで。そうすることで、彼はお前の中で生き続けられる。それはお前の罪を増やす事にはならないはずだ」
「でも、だからこそ、私は彼の手を取るべきだった……」
「ちがう。むしろ、好きだからこそ手を取れなかった。物事の『結果』だけを求めてはいけない。その結果が失敗だったとき、全てが無駄だと思ってしまうからだ。大切なのは『信じて向かおうとする意志』だ。それさえあれば、希望を持つことができる。
彼は、君の幸せを願った。それに向かったという事実だけだ。結果的に失敗してしまったが、それは誰のせいでもない」
「誰の、せいでもない?」
サラの背中を優しくさすりながら語りかけるアルカードの言葉はサラの心に深く浸透し、これまで長い間細波のように押し寄せてサラを苦しめていた罪悪感の波を静かに打ち消していった。
口をつぐんで様子を見守っていたオルファも横から付け加える。
「そいつはお前を恨んじゃいないよ。最初に言っただろ?お前にはすごい守護霊がいるって。
だから、お前をこの幽霊屋敷に置いていっても大丈夫だと思ったんだぜ」
サラはアルカードの胸で幼い子供のように泣きじゃくっている。
「見放されないようにしないとな」
——彼が死んだのは誰のせいでもない?
——シモンは私を恨んでない?
全てを捨てようとした。そうしてシモンの死に詫びたいと、もう二度と伝えることができない彼に、せめて謝りたいと。
それでも、死ぬことができなかった。そんな私を、全て失った彼が許してくれるというのだろうか。
サラはいつの間にか泣き疲れて寝てしまった。
月夜に青いアネモネ畑に立つシモンの夢を見る。あの事件が起こってからサラが何度も見た夢だった。
しかし、シモンの首からは血も流れていなかったし、こちらに手を伸ばしてもいなかった。
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