第8話 諸悪の根源1

 暮れなずむ町を後に、サラとオルファは図書館の本を持って丘の屋敷に戻ってきた。


 日没を待って現れたアルカードの姿を間近で見たオルファは、見惚れたようにしばし言葉を失っていた。それを見てサラはちょっと笑ってしまった。


 笑われたことに気付いたオルファはアルカードを睨みつけ言い放った。


「おい!吸血鬼、俺もお前の記憶を取り戻すのを手伝ってやるから、イザベラって奴のことをもっと教えろ!」


 アルカードは最初こそオルファの勢いに驚いていた様子だったが、図書館での出来事を説明すると、オルファに向かって「ありがとう、よろしく頼む」と丁寧に頭を下げた。


 図書館で借りてきた本をアルに見せながら月落ちの青いアネモネの紋章を持つ一族についての話をする。

 アルカードは目を閉じて記憶を手繰るように聞いていたが、しばらくすると苦しそうに息をついた。

「記憶にもやがかかったようで何も思い出せない」

 

 本に記述されたルーシュ家の失踪した跡取りがアルカードだったのなら、自分の兄弟の代で家が無くなった事実はショックに違いなかった。しかし、それさえ覚えていないというのは身を切られるように辛いことだろう。

 額に浮かぶ汗さえ高尚な彼の憔悴した姿をみるのは辛かった。


 続けて魔女が使う『忘却術』の話をしようとした刹那、オルファが何かの気配を察知し、手を挙げる。


「しっ……。何か、来る」

 何かとても邪悪なものが近づいてくるという。


「イザベラだ!」


 アルカードが少し遅れて気配に気付く。サラとオルファをどこかに隠さなければならないという。イザベラに見つかったら二人ともすぐに消されてしまうだろうと言う。


「ああ、ダメだ。イザベラはすごく匂いに敏感だから、タンスや物入れに隠れてもすぐに見つかってしまう」


 アルカードが珍しく焦った様子で周囲の家具をひっくり返している。


 状況を伺っていたオルファが静かにポケットから方解石チョークを取り出してニヤリと笑う。


「要するに姿が見えなければいいんだろ?」



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