第7話 セイレームの魔女裁判

 翌日、サラは北方領と魔女や魔術についての本を探しに町の図書館へ向かった。


 屋敷から町へ畦道のような歩きにくい道も、何度も通ううちにススキのたなびくその風景になんとなく愛着も湧いてくる。


 北方領の歴史を書いた書物はすぐに見つかった。ずっしりと重たい黒皮の表紙に『北方領史』と錦糸で刺繍されている。それによると150年ほど昔に北方領には赤と青、それぞれのアネモネの紋章を持つ一族の存在が記録されていた。


 赤いアネモネはサラの実家であるランカスター公爵家。商船団を所有し大陸間の交易を担う、歴史と由緒のある大貴族……と記されているのをサラは決まり悪げに苦笑しながら読んだ。

 一方、月落ちの青いアネモネの紋章を持つのはルーシュ候爵家と呼ばれる一族だった。資料にはアルカードのハンカチに描かれていたものと同じ、上部に三日月が描かれているアネモネの紋章が掲載されていた。


 ルーシュ家はハーブ荘園で栄えた薬種店を営む豪商の家だった。月見草という野草を原材料に骨折や打ち身、捻挫や切り傷等に効用があると評判の薬の製造・販売で財を築き、健康維持や、病にもよく効く良薬をいくつか開発していた。しかし、ルーシュ家はある代で跡取り息子の突然の失踪事件があり、その後を継いだ末子のルイス2世の代で販売した薬に毒が混入するという薬害事件を何度か起してしまい、貴族の地位を剥奪、領地や私財は没収となったと記されていた。


 月見草で財を成したなら、家の紋章に月を取り込むのも頷ける。もしもアルがルーシュ家の一族だったのなら、それは悲しい事だけれど……。何か思い出すきっかけにはなるかもしれない。そもそも突然の失踪事件と言うのが怪しい。


 アルが言っていたイザベラという魔女についても調べようと思い、書棚を移動したところ、オルファが図書館に入ってきたのが見えた。どうやらバロウズ地方での用事が終わって戻ってきたようだ。

 目が会うと、サラの方に近づいてくる。


「お前、まだ生きてたのか」

 なんて失礼な人でしょうと心の中だけで呟きサラは目を見張る。


「俺が留守の間に訪ねてきたんだってな?どうだ?そろそろ襲われたりしたんじゃないか?」


「なんで襲われるの楽しみにしてるんですか?そもそも、アナタはあの屋敷の吸血鬼の何を知っているんですか?」

 オルファのご挨拶に負けじとサラも質問を投げかける。


「あそこには男の吸血鬼の目撃情報が複数ある。時によって、赤髪だったり、青い服だったり……」

 サラは昨日絡まれたあの青いタキシードが印象的な男を想像した。オルファは続ける。


「でも一番目撃情報が多いのは銀髪の吸血鬼だ。銀髪の長髪で瞳が黄金の貴族みたいな吸血鬼が出るらしい」

 とにかく男の吸血鬼が、若くて魅力的な女を狙っているとオルファは説明する。


「お前は魅力的じゃないから襲われないようだが」と余計な一言も入れて。

 サラは最後の一言は無視してオルファに聞いた。


「イザベラという魔女については何か知ってますか?」


 オルファは初めて聞いたというような反応をみせる。サラは屋敷の吸血鬼達は実はイザベラという魔女の僕で、実権はイザベラが握っているとアルカードから聞いたことを伝える。


「魔女か。そういえば、ずっと男の魔物だと思ってたから魔女の線では調べたことがないな。たしか、この地方で悪魔崇拝をしていたというセイレームの魔女裁判と呼ばれる事件が……」

 ブツブツと呟きながら魔女関連の書棚から数冊の本を選んで持ってきた。



 <セイレームの魔女裁判について>


 300年ほど昔、ある豪邸の女主人が、婿を取る。二人は仲睦まじく暮らしていたが、ある日女主人が邸宅の地下で呪いの儀式をしている様子を婿が目撃し、悩んだ末に役人に通報した。女主人は魔女として裁判にかけられた。祭壇に捧げられた猫の首や羊の頭などの状況証拠から魔女の儀式と認定され、女主人は有罪となる。しかし処刑される日の朝、幽閉されていた屋敷の部屋から忽然とその姿を消したという。これも魔女の仕業と人々は噂したが、その後、通報した夫の方も行方知れずとなり、屋敷は無人のまま放置されるようになった。 


 

 それがあの『丘の屋敷』だった。

 サラは日記の内容を思い出す。美しい楽師の男性と結ばれた女性の悲しい物語。


 魔女の術について書かれた本には呪う相手の記憶を消す『忘却術』についても書かれていた。 


 『忘却術』とは記憶を盗み、相手を意のままに操る呪いで、盗んだ記憶はどこかに保管する必要があると書かれていた。それは記憶を破棄してしまうことで操る対象が壊れてしまうためだという。


「アルの記憶は、あの屋敷のどこかにあるのですね!」


 ——これでアルを助けることができるかも!

 よかった!喜びの感情が一気にこみ上げ、サラは立ち上がった。

 その姿にオルファは冷たい視線を投げかける。


「お前さ、なんでそんなに必死なの?あいつ魔物じゃん?」

「……はい?」サラは質問の意味がわからないというふうに首をかしげる。


「吸血鬼は獲物を魅了して操るっていうけど、奴に魅了されちゃった?」


 予想外の質問にサラは狼狽える。確かに初めてアルカードに会った時のあの貫かれるような衝撃と痺れるような感覚は、魅了という言葉に近いものだったかもしれない。しかし、彼の物憂げな表情や仕草を考えると切なくなり、何かできることはないかと想うこの気持ちは本当で、決して操られているものでは無いという確信があった。


「そんなことはないです!」

 サラはキッパリと否定した。さらに自分の生家の紋章とアルカードの関係性についても気になっていると加える。


「困っている人が居るなら、助けてあげたいと思うのはおかしいでしょうか?それは、生きていても、死んでいても、ましてや魔物でも同じです。私はそのために旅をしています」


 オルファにしては珍しく茶化しもせずに聞いている。


「むしろ、死んでからも苦しむなんて、永遠に辛く、苦しい。浮かばれない魂が死後に救済されるというチャンスがあってもいいと思います」


 オルファはしばらく黙って手元の杖を握り、何か考え込んでいたようだったが、何かを決意したようにサラを見据える。


「決めた!俺も手伝う。あの吸血鬼は元々俺の獲物だったんだからな!」

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