第6話 悲しい日記

 西の端のエリアは荘厳な作りの母屋と違って、シンプルで女性的な作りの居心地のいい部屋だった。


 他の部屋とは雰囲気が違う、この部屋は増築したのだろうかとサラは思う。


 部屋と繋がっている物入れがあるので中へ入ってみる。中には真紅のドレスを着た女性と傍に大きな白い犬が描かれている絵画、割れた鏡が置いてあった。

 絵画は湿気でカビが生えたのか人物の顔付近は汚れていてどんな人物かよくわからなかったが、サラはなんだかその絵画に違和感を覚えた。


 部屋に戻りベットに横になるが、幻想的な夜の散歩の興奮が冷めやらぬのか、なかなか寝付けずに寝返りばかり打っていた。


『私は過去に何があろうと、全て受け入れる覚悟がある』


 アルカードに言われたこの言葉がなぜか引っかかっている。私には受け止める覚悟が足りなかったのだろうか。サラが閉じ込めていた故郷の記憶の蕾が少しずつ開き始める。


 ——あんなことが起こるなんて、誰が考えただろう。……彼と私の話は違う。


 サラは思考をピシャリと遮断した。

 彼は過去を思い出したがっている。私とは真逆だ。


 ——私は彼の手助けがしたい。たとえそれが彼を苦しませるのだとしても。

 

 何度目かの寝返りで、ベットサイドの小さなテーブルに引き出しがついているのを見つけ何とはなしに開けてみると、そこには古びた日記があった。


 日記は綺麗で丁寧な字で綴られている。女性のもののようだ。


 ▪️月▪️日

 ついに麓の町に、王都で人気のあった楽団が来ることになった!

 町に出ると好奇の目でみられるからあまり行きたくはないのだけれど、

 あの演奏を生で聴くことができるのなら、私も久しぶりに外へ出る準備をしようかしら!

 まずは服を仕立てに行くための服を探さないと。


 ▪️月▪️日

 人生で一番感動した日かもしれない。素晴らしい演奏だった。

 特にピアノを弾いていたあの男性の演奏。魂が震えるような旋律と指捌きに

 ずっと鳥肌が止まらなかった。


 神に愛された人間とはあの方のことをいうのでしょう。あんなに美しい人間が存在するなんて。 


 運命は残酷ね


 ▪️月▪️日

 つい口を滑らして侍女に想い人のことを話してしまった。

 どうせ私みたいな人間が恋をしていると言っても陰で笑われるだけなのに。私ったら間抜けね。

 でも、マリーは私を馬鹿にしなかった。それよりも、今度屋敷に呼んで演奏会をしたらどうかと計画してくれた。


 そんなこと、できるの?


 ▪️月▪️日

 以前に、彼の演奏を聞いた日が人生で一番感動した日だと書いたけど、撤回

 今日、私はこの世で一番幸せ。

 彼が言ったプロポーズの言葉を忘れないようにここに書いておく


 貴方は俺の一番大切な人


 まさか彼が私の気持ちに応えてくれるなんて

 あんなに美しい人がこんな私を見てくれる。彼は心も綺麗。

 私も、全力で彼を愛そう。彼がしたいこと、全部叶えてあげたい!


 ▪️月▪️日

 彼の発案で屋敷の改築を始めた。芸術家の彼は彫刻や絵画などを柱や壁に取り入れた豪華な建物にしたいみたい。

 自信に満ち溢れた彼を象徴するような豪奢な建築物。


 素敵よ貴方

 好きなようにしていいの。 愛しているわ


 サラはページを捲りながら、この屋敷の入り口や母屋の荘厳な装飾は旦那様の趣味なのかと納得した。


 ▪️月▪️日

 マリーはよく気がつくし、手際もいいし、賢い。

 なにより、私と旦那様を近づけてくれたのもマリー。感謝してもしきれない。


 私だって、何かあったら一番にマリーに相談するだろう。自然なこと。おかしなことは何もない。

 心配することはない



 ▪️月▪️日

 おまじないをした


 これで彼がまた私を愛する


 ——以降は日付はついていない 箇条書きになり 文字も荒くなる


 マリーはキレイ

 私には財産とこの屋敷がある


 どうして

 人並みの幸せを願うことが罪だったのか


 死ぬより恐ろしい目にあわせてやる


 ——それ以降はページの赤黒い汚れや字の崩れが酷すぎて読めない


 サラは日記を静かに引き出しに戻した。


 どうか、この日記を書いた人が今は心穏やかに暮らしていますようにと祈らずにはいられなかった。

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