第1話 丘の幽霊屋敷に泊まろう!


 サラ・ランカスターは旅の修道女シスターだった——修道女の一人旅は珍しく、彼女のようにその外見が非力で控え目そうな女ならなおのこと危険を伴うものだった。


 もともと人に援助をあおぐことを潔しとしないたちだったことに加え、それまで世話になっていた修道院の院長から独りで旅をしてくることを進められたため、彼女は金銭的にも自尊心的にも非常に犠牲を払った旅を続けていた。


 比較的温暖な南方領のこの地域は、故郷の地とは違い、もうすぐ冬になるというのに上着の必要も感じられなかった。この陽気なら野宿でも平気そうだとサラは思った。


 新しい町や地域に足を踏み入れた際にはひとまず教会で情報を集めることにしている。見上げると、灰色の陰鬱な空に割り込むように天高くそびえる十字架と鐘楼が見える。辺りには湿気を含んだ風が吹き始めていた。


 教会の入り口に着くと、そこには大勢の町人がごった返していた。


「また一人居なくなったって!?一体どうなってんだよ」


 どこかの商店の名を刻印したと思われる前掛けをつけた立派な口髭の男ががなる。


「これじゃ怖くて丘を越えられないわ」

祓魔師エクソシストの人は何をしてるんですか?!」


 ミルクやパンをカゴに乗せた町の女性達も心配そうに訴えている。


「皆さん、落ち着いてください——」


 ポーチを登った一際高いところから、澄んだ声の男性が粛然たる態度でひしめき合う町人へ何かを伝えていた。この教会の司祭だろうか?


 教会での情報収集を諦めなければいけないほどに人が押し寄せ、もみくちゃにされたサラはふと、通りを挟んだ反対側に、紺青の教会服に身を包んだ青年がうんざりするような視線を人混みへ向けて立っているのに気がついた。


 町人に向かって諭すように語りかけている司祭のような男性を睨みつけては、手元の杖を所在なさそうに揺らしている。


「あの……この辺でにどこか、安く泊まれる場所はありませんか?」


 サラは思い切って青年に訊ねてみた。青年はサラの身なりを一瞥し、旅の者と悟ったようだったが、その眼差しは冷たく愛想のないものだったため、ええい、この際だと合わせて路銀があまりないことも伝える。


 青年はサラを無視するかのようにしばらく手元の杖を眺めてから

「お前、度胸はあるか?」とぶっきらぼうに聞く。

 

 サラはこの青年はきっと女性が苦手にちがいないと思った。それほどに青年の目つきには鋭い威圧感があった。

 淑女のような見かけによらず負けず嫌いなサラは、度胸がなければ旅などしてはいられないと考え、

「あります!」 

 青年をまっすぐに見据えて答えた。


 青年は口元だけでニヤリと笑い、空模様を確認するように空を仰ぐ。

「俺の知ってる”丘の屋敷”なら、これから来る雨風を防げるだろう」

 そう言って、持っていた杖で足元の土に地図を描き始める。


 その屋敷についての怪しい噂は、語る人や場所によって内容がまちまちで、それぞれが事実無根じじつむこんの情報であるため、青年も全てを信じている訳ではないと言いおきつつ、彼の地には元々、悪しき因縁の噂を多出たしゅつした屋敷があり、その場所では度々幽霊や魔物の目撃談が絶えず、現在では住む人も、そこを訪ねる人さえもいない荒れ放題の屋敷があると説明した。


「こんな話を聞いても、丘の屋敷に行くか?」

 青年が試すような視線をサラに向ける。

 その挑発的な眼差しは、サラにお前には無理だと言われているような屈辱感を与えた。

 サラは青年に満遍の笑みで答える。


「もちろん!教えてくださって、どうもありがとうございましたっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る