第3話 大人のキスを教えて!――相談③ 姫川 杏

 ガチャについて相談してきた安藤君と入れ替わるように、姫川ひめかわ あんさんがやってきた。なにやら“大人のキス”について訊きたいようで…。



 「姫川さん。大人のキスってどういう事?」

キスに大人とか子供とかある?


「あたし、この間彼氏の“まーくん”と良い雰囲気になってさ~。キスの流れになったんだけど、初めてだから適当にごまかして止めたんだよね~」


「どうして初めてだから止めたの?」

最初は誰だって初めてだ。恥ずかしい事じゃないのに…。


「だって、まーくんに『キスが下手』なんて思われたくないじゃん? だから経験者の先生に“大人のキス”について相談しようと思ったんだよ」


私は今まで男性と付き合った事がない処女だから、当然キスの経験もない。相談の初日から生徒達に振り回されてばかりだわ…。


「どうせキスするなら、大人のテクニックでまーくんをデレデレにさせたいよね? 『杏とするキスは最高だよ』みたいな♡」


正直に付き合ってない事を言うべきかしら? 姫川さんは“年上=交際経験豊富”と考えてる感じだし…。


いや、もしそれを言ったら見下される可能性がある。先生は生徒に寄り添う立場だけど、舐められちゃダメよね! だから何とかごまかさないと!


「姫川さん。大人のキスなんて知らなくて良いわ」


「何で? 先生、あたしの話聴いてた?」


「もちろん聴いてたわよ。聴いた上で知らなくて良いと思ったの」


「そう考えた理由を教えてよ!」


問題はここから。心理学とか男脳・女脳の本を参考に…。


「男性は“独占欲”が強い傾向にあるの」


「? それが何?」


「だからキスについて色々知っちゃうと『他の男とキスしたから上手なのでは?』って思われるかもしれないわ」


「あたし浮気してないんだけど!?」


「なら、何も知らない素の状態でキスしないと不自然じゃない?」


「…確かに先生の言う通りね」


姫川さんは席を立つ。気が済んでくれたみたい。


「先生、話聴いてくれてありがと。絶対まーくんをメロメロにさせるから!」


「頑張ってちょうだい…」


彼女は吹っ切れた様子で教室を出て行った。


私の空き時間的に、今日の相談はこれで終わりだ。初日に3人と相談して解決したんだから結果は上々よね。さて、職員室に向かおう。



 職員室に入り、自分のデスクに座る私。…ふう、相談って想像以上に疲れるわね。


「お疲れ様です、小川先生」


校長がそばに来たので、咄嗟に立とうとしたものの…。


「そのままで結構です。今日は生徒の相談に乗りましたか?」


「はい、3人の相談に乗りました」


「そうですか。歳が近い小川先生になら話せる事もあると思います。これからも無理しない範囲で続けてもらえると、他の教職員も助かりますよ」


「他の教職員が助かる…ですか?」


「ええ。小川先生には、相談された内容をノートにまとめて欲しいんです。それを私含む教職員が確認する事で、生徒を理解するきっかけにさせてもらいます」


そのような目的があるから“お悩み相談”を許可したのね。


「わかりました。これから書きます」


「特に締切は設けませんので、空いた時間に少しずつまとめて下さい。こちらも同じようにしますね」


「承知しました」


用件が済んだ校長は、自分のデスクに戻って行く。


こういうのは早い内にまとめて置いたほうが良いわね。私は早速書き始める…。

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