第6話 フォトンエクスプロージョン

 イギリス政府はタリエシンの数が増やせないことに焦りを感じ、戦力の集中を今さらにして決断し実行、撃破したオランダ、ベルギーを橋頭保きょうとうほにドイツに向けて部隊を結集させつつあった。

 イギリスの周辺全面攻撃は当初の目論見とはずれていき、戦力の分散ができるほど余力はなくなる。タリエシンで押し切れると考えていたが通常戦力の投入もされるが、逐次的となってしまい、失策であった。

 この頃になるとエビイシはタリエシンの扱いにさらに習熟しエースと呼ばれていた。顔つきも心なしか険しい。

「俺も負けてられないな、え? エビイシ」

「デビッド、最近、戦場がおかしくないか」

「おかしいって何がだよ」

「敵だよ。戦車部隊が配置されなくなったのは分かる。だがヘリコプター部隊の様子が何だか妙なんだ」

 エビイシの勘は当たっていた。周辺国の戦略が徐々に変わりつつあった。陸戦兵器ではかなわないと結論を出し、空中機動戦力であるヘリコプター部隊と戦闘機による一撃離脱へとシフトし始めたのだ。タリエシンの高性能レールガン・リメサイヤであっても高速で通り過ぎていく敵影にはなすすべもない。

 新生イギリス軍に攻め込まれたユーラシア大陸の各国はタリエシンの戦力は驚異的なものであると判断し非公式にユーラシア連合軍として再編成がなされた。その背後には当然、アメリカの協力関係がある。弾薬類の供給は地下組織のルートを通じ、血脈のように大規模かつ、闇夜の黒猫のように静かに行われた。




 タリエシンはもはや現時点ではこれ以上数を増やせない。そう結論を出したイギリス軍は個々の性能を上げる事で戦局を優位にしようとした。その終末的な思考は研究部に非人道的な強引に生み出させるに至った。それはこうである。

 タリエシン機体から生み出される潤沢な電気刺激によりコンピュータを制御、そうして細やかな管理をされた電気エネルギーを使い、脳の一部を一度電気刺激により即死させ、その直後また極度に管理された電気刺激により強制的に再起動させる事で超人的な力を呼び起こすシステムの開発に成功した。

 実験段階では成功したとはいえ、実用はためらわれた。さんざん非人道的な開発を行ってきた研究部が安全性は全く担保できないとまで言うほど危険なものだった。パイロット一人を危険にさらすならここまで言う事はない。得体の知れない異常な結果をこの時点で予測していた。それでも、大規模宣戦布告をした状態では圧倒的優勢を崩すわけにはいかないと判断され、半ば強引にエースであるエビイシ機に搭載することになった。




 ユーラシア連合の結集戦力に包囲されるタリエシン運用部隊レッドレオ隊。大規模攻勢に対しまだ戦力の結集が間に合っていない。それでも反撃をするしかない。ほとんど全方位から迫りくるヘリコプター部隊。超上空から爆撃機の牽制精密爆撃まである。くさび型の陣形を取りつつレールガン・リメサイヤでヘリを果敢に落としていく。それでも物量には押されてしまう。

 エビイシ機は両手に中距離用リメサイヤを持ちエースとしてこの状況を打破するつもりでいたが、強制的に再起動即死をさせられた。

「ぐおっ……!」

 視界が赤く染まり暴れ狂うエビイシ機はまさに狂戦士と呼ぶにふさわしい獅子奮迅の動きを見せる。隊長としての指揮はもはやできない。

 ヘリコプター部隊に包囲され動きをとめないデビッド機。陣形の先端部である最前線ではこちらが撃つも敵の攻撃をかわすも一瞬として同じ場所、同じ体勢ではいられない。そうこうしているうちに機体のもつ熱の上昇は止まることなく、上がり続けた。その時、突如として猛烈な光が発した。爆発ではない。純然たる光に包まれタリエシンは光の球になった。後方で指揮していた技官が言う。

「やはりフォトンエクスプロージョンが起きたか……」

 凄まじい光が発し、周囲は様子が一変していた。それは研究部内ではシミュレーションで確認されていた現象、光の蒸発と呼ばれるものだった。しかし実際にはもっといびつな変異が起きている。その場所の周囲は見た事もない植物が茂り地形さえ変わっていた。球形に発した光は、その空間だけ原初の地球を呼び出し、現在の時間に存在する地形を塗りつぶしていた。




 レイドン・マケラグランス少佐は過去の事を思い返していた。

 厳しく指導はしていたが、人格否定や肉体に対してや言葉の暴力は絶対になかったと言い切れる。しかし、彼の部下は彼の見ている目の前で自ら命を絶った。それ以後彼はボディカメラを胸に取り付け24時間ずっと自身の行動を録画し続けている。軍内においてこのような記録は許されるものではないが、部下が目の前で自殺したという事実もある事から、非公式な黙認とされていた。

 サリー・ゴッドラグナメメ国防大臣は強い人物である。その彼女が泣いていた。全世界でソンゴルヅ熱病の兵器利用が始まったという情報が耳に入った時には、それでもイギリスの戦略的優位をどうすればいいかを検討する政治家としての冷静さがあった。フォトンエクスプロージョンは地球を太古の時代に戻す。それが世界中で始まるであろう数多くの戦場で始まる。その事を知らされた今、国の戦略はもはや重要な事ではなくなっている。今まで人類が築き上げてきた歴史、文明がなかった事になる。それがこれからはじまると理解できる数少ないうちの一人である彼女は泣くしかなかった。

 老人たちは何を思っていたか、それを知る事はもうできない。

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老人を兵器にしても平気 @TORAERISU

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