第2話 ソンゴルヅ熱病

 ソンゴルヅ熱病は、その名が示す通り主な症状は体温が病的に高くなることで、めまいと吐き気もともなうことがある。呼吸困難になるとか心停止するとか劇的な症状ではなく、人によっては普通の風邪程度の発熱しかしなかったため保健局が特に警戒を出すこともなかった。流行病でありイギリス全土に広まったものの感染者は大した数はおらず、死者は幼児と老人が数人だけで騒ぎにもならず、若い者の間では何日か寝ればよくなる、といった程度の認識でよくある流行病のひとつとして数十年の間に記憶の隅に追いやられた。




 軍秘密研究所

「これか。新型兵器」

「そうです。最新式電磁レールガンです。現状はこんな見た目ですが製造が正式化されればもう少しましな見た目になります。」

 若い技術者が老人に説明している。老人はもとは軍人で、兵器開発の部門でトップを務めた。今は退役しているが技術顧問としてまだまだ発言力を持つ。政財界にパイプを持ち、兵器製造の世界の重鎮だ。

「小型化して戦車には載せられないか」

「艦艇用を転用するには電力がネックになってきます。もしも載せるとしたら戦車がまともな運用ができないほど大型化してしまいますね」

「発射構造を効率化するか、劇的な発電方法でも見つからないとだめか」

 老人は会話をしながらも素早く頭の中で計算をしている。自国の強化と同時に他国への武器供給の算段。老いてもお軍人として優秀な頭脳は錆びていない。海軍の力を増強して、技術を転用しさらには陸、空軍の力も増やせればかつての大国に返り咲くことも夢物語ではない。彼には老人にありがちな保守的な思考はなかった。

 いくつか質問をしているとレールガンの銃身に興味がわき、直接見せてくれるよう頼んだ。

 若い技術者は相手が権力を持っていることを知っている。試作品に自信もあった。褒めてもらえることを期待しつつ作業スペースに連れていく。

 間違いだった。自信満々で試射を見せようと研究所の発電する電力をすべて接続し、最大限の威力を見せようとしたその時である。凄惨な事故が起きた。兵器として使われるはずの莫大な電気が技術者と老人の肉体を貫き技術者たちは吹き飛んだ。若い技術者は全身に大やけどを負い、急ぎ救命手当てがなされた。指先を焦がしながら言葉にならないうめき声をあげ、老人は眼球を激しく損傷し失明しながら軍病院に搬送された。ほかにも重傷者数名。

 治療により意識を取り戻した老人は、事故を隠ぺいできないかと聞く。自身の事より兵器開発の遅れを心配するあたり、トップまで上り詰めた才気がうかがえる。事故にあった人数の事もあり完全な隠ぺいは難しいとなり老人は落胆した。その時、何気なく老人が言った。

「体の位置を変えてくれないだろうか。ベッドに足がついてしまう」

 治療スタッフが布団をめくってみるとたしかに足がベッドの片端に当たっていた。すぐに位置を上にずらそうとして体の下に腕を刺しこもうとするが、枕の位置は変わっていない。寝かせた時より老人は背が伸びていた。




 軍部はあわてて老人の体を検査した。間違いなく身長は伸びている。肩幅も広がっているようだった。計測前の正確なデータはないが、どう考えても大きくなっていた。対処しようにも前例がなく、とにかくサイズの計測を続けた。簡単なグラフに書き起こしてみるとどう考えても夜のうちに数メートルの大きさになるのでは、と思われ、急ぎ軍の格納庫に移すことになった。無論、医療機器も取り付けたままである。

 老人は重度のやけどに苦しみながらも成長を続け、巨人と呼ぶべきサイズになった。服はおろか、体を隠すにもシーツではとても足りなくなっている。格納庫に医療に適した空調などないため、それらも持ちこまれた。ここまで身体が大きくなっては通常の医療が通用するのかも不明のまま医療スタッフは賢明に処置を続けた。

「背中がおかしい」

 老人が絞り出すように出した言葉は自身の体の更なる異常を伝えるものだった。

 穴が開いている。背骨や肺があるはずだが見当たらず、ただ穴が開いていた。出血もない。医療スタッフはあわてて診察したが、異常は見当たらず経過観察するしかない。

 老人は

「もう……、終わりの時が近い……。今の自分に起きていることはおおよその事は分かる。話せるうちに今わかる事だけでも伝えておきたい……」

 と言うと、大きくなった口からとは思えないほどか細い声で理性的に自己を分析した内容を喋りだした。

 肉体が大きくなっていることは自覚できている。伸びていくときに痛みや違和感はない。だが、肉体は自分の意志で動かせない、これは火傷の影響を差し引いても動かすことができない。脳もサイズが変化しているはずだが自意識や思考に異常が出ている感覚はない。背中の穴には何かが納まるべきという感覚がある。

「私の体を調べてくれ。兵器になりうるという自覚がある。死ぬ間際の妄言ではない。強い意志が私の肉体をそうさせていると感じるのだ」

 老人は意識を失った。彼の言った兵器になりつつあるという内容は軍の関心を刺激するには充分であり、肉体の変異は説得力を持っていた。医療と同時並行で調査がなされた。

 彼の体内で発電と呼ぶべき現象が起きている事、作り出された電気を貯めこまれていること、背中の穴に一定の刺激を加えると肉体が反応し動かせること、などが時間をかけて判明していった。

 前代未聞の状態になりながらも医療スタッフは全力を尽くした。しかし、残念ながら火傷の状態は重く、老人は亡くなった。

 軍部はむしろこれ幸いと司法解剖の域を超えた人体実験を繰り返し、特定の条件を持つ者に強力な電流で刺激することで人体の巨大化、ひいては兵器化できることを突き止めた。

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