老人を兵器にしても平気
@TORAERISU
第1話 タリエシン(戦術的古軍団無敵兵)
20XX年、イギリスが周辺国にちょっかいを出していたのは周知の事実だったがまさか宣戦布告するとはだれも思っていなかった。それでも戦線を維持できるなどとは誰も考えておらずイギリスの勇み足、すぐに終結するだろうと考え周辺国はおろか世界中どの国も深刻な事態ととらえていなかったのが裏目に出た。電撃的速度で周辺の要所を制圧、複数国に同時侵攻しているのにもかかわらず戦闘はまったく停滞しなかった。この異常な事態にようやく気付いたアメリカを筆頭にロシア、中国らは偵察を開始したがそれらはすべて武力により無力化された。情報の収集さえままならずイギリス国内からのネット情報の分析に頼ることになったが、二足歩行する人型のロボットを軍事用に使うことに成功したとみるしかなかった。それらを実現する技術情報はまるで未知の物であり、周辺国は情報の真偽を疑いつつも通常戦力を集中させ何とか対応するしかなかった。戦車、ヘリ、戦闘機を投入するがことごとく戦線は押し返され、脅威の兵器の正体はいったい何なのか、と世界各国がうろたえた。
エビイシは戦闘前いつもこうだ。
デビッドがたずねてくる。
「よう、調子はどうだ」
声が張っている。
「やる事はいつも同じなのになんで待たせるんだろうな」
緊張しているのか、それが普通なのだろうとエビイシは思った。
「いつもと変わらない。はやくGOを出してほしいもんだ」
「ははっ、お前はいつだってそんな感じだな。フランスに来てまでそれじゃ調子狂うぜ」
「しかし暇だな。外の空気でも吸うか」
後ろななめ上方に突き出た搭乗スペースの中で座席シートを後部に移動操作する。コクピットハッチを開く。タリエシンは素体と呼ばれるロボット部分の背中に細長い卵状の搭乗機構が刺しこまれるような構造になっている。
「おい、戦闘準備中だぜ。勝手にハッチを開くとあとでどやされるぞ」
「かまうものか、どうせしばらく待機だ」
始めて乗った時は高さに面食らったが、もうすっかり慣れている。開いたハッチの左右にはワイヤーが収納されていて装置を足にはめ込むと地上に降りることもできるがさすがに今はそこまでしない。戦闘中はともかく、何もしないであの中にいると息が詰まる。
場所がどこだろうと関係ない。戦争が始まれば軍人の自分にしてみればやる事は戦闘だけだ。エビイシはたばこを吸わない。ひとしきり遠くを眺めると次は空を見た。
「戦争中だろうが空はこの色か」
心の中が何もなくなりそうなくらい落ち着いていた。
ずらりと並んでいる部隊のタリエシンを見ると戦闘の直前であることを思い出す。座席に戻り座りなおす。
ハッチを閉じシートを元に戻し操縦桿を今一度握りしめると
「はじまるぞ、デビッド」
コクピットのディスプレイに偵察用ドローンの映像を表示させる。戦場となるであろう場所の向こうから戦車の群れが現れる。エビイシは全機に戦闘に入ることを告げると
「隊列を組め」
厳しい声で部下に命令をする。きびきびとした挙動で全体が動きだす。
「1班は前衛、2班は右、3班は左からだ」
タリエシンはそれぞれ武器を構えながら二足歩行で展開し無駄な動きがない。練度の高さが見て取れる。サイズ別に短、中、長のレールガンを持った何十機もの二足歩行兵器が整然と展開していく様子は敵にしてみれば恐怖でしかないだろう。
移動速度は一般的な乗用車程度くらいか、最高速度は戦車すら追い越せる。すでに行われ始めた絨毯爆撃から逃げることも無理ではない。遠くから見た時、背中の出っ張りがなければ槍を持った原始人の群れにも見えたかもしれない。
その中身は最新鋭のハイテク機器が詰め込まれた精密機器だ。フレーム部から無尽蔵に発生する膨大な電力を使い武装は最新式小型レールガンと、防御には全身を覆う対レーダー用の電磁シールド発生器があり、これは目視できる距離ですらレーダーに反応しないというすぐれものだ。そのほか、戦車や装甲車に使われている武装や装甲を流用しておりメンテナンス性も高い。フレーム部に鎧のように取り付けられた装甲には既存の銃器類が取り付けられるハードポイントが各所に設けられている。
イギリス軍内部
将校が言う。
「廃棄物がこうも役に立つとはな」
「いくら何でも廃棄物は言いすぎですよ」
「老人などそのままでは死んでいくのを待つだけのなんの生産もしない枯れた人材だったのだ。廃棄物と言って何が悪い」
「ですが今となっては限られた資源リソースです。他国に知られる前に全量を確保しておかなくてはなりません」
「しかしなぁ、ゴミどもも役に立てて、さぞうれしいだろうよ」
保守的で俗人的な将校は危機感無く思いついたことしか言わない。
軍基地
事務机に向かいしかめ面をしている男がいる。胸の前にボディカメラを取り付けたまま事務作業をしている。名前はレイドン・マケラグランス少佐。とあることがあってから24時間自分の身の回りをカメラで録画し続けている。軍では当然そのような事は禁止されているが優秀かつ勤務態度が良好であることと、とあることの重大性をかんがみて黙認するという形となっている。
顔をあげると数人の部下が並んで立っている。
「病院だ。へんぴな村にある小さなものまですべての病院の記録を集めるんだ」
部下たちが了解の返答をし敬礼をするとマケラグランスもそれに礼を返す。機敏な動作で各自部屋を出て行く部下たち。
マケラグランスはひとりつぶやく。
「ソンゴルヅ熱病か……。何十年も前に流行った、これといって大したことのない病気が現代になって重要になるとは、わからないものだ。とにかく全員だ。病気にかかっていた者はもちろん、可能性のあるだけの者も集めておく必要がある。使えるかどうかはともかく、敵の手に渡るのが一番まずい。」
兵器というのはそういうものだ、と窓をにらみつけながらつぶやく。
部下たちはイギリス全土の主だった病院からはじめ、地方の病院や医院、診療所といった小さな医療施設に人員を送り過去の患者の記録を手あたり次第かき集めた。その時、軍関係者以外にはどのように聞かれても絶対に記録を見せてはならない、ときつく言い含めるのも忘れない。看護師らは不審に思ったが軍服の力ですごまれると何も言いだせない。
過去にソンゴルヅ熱病にかかったことのある者は全員車に乗せられ、なかば強制的に首都からほど近い研究施設に運ばれた。
「何のつもりだ、これは」
「私たちがなにをしたというんだ」
「そうだ、これは軍の横暴だぞ」
連れてこられた老人たちは当然、口々に騒ぎ立てた。何の根拠もない逮捕同然だから当たり前である。しかし、軍人らは冷たく言い放った。
「お前たちは軍の管理下に置かれる。身体検査をして異常のないものは何事もなく家に帰れる。心配するな」
老人の一人は吐き出すように言った。
「もう帰れないのだな……」
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