1 ぼくは/あいつは、嫌なやつ

第1話



 あの日のことは、よく覚えている。

 なにしろゲーム内でも、ゲーム外でも妙なヤツと出会った日だから。


 その時のぼくは、とにかく荒んでいた。

 群れて行動する弱い連中を狩るために何度も侵入したが、返り討ちにあいまくった。

 特に三連続で負けた時はゲームパッドを叩きつけたくなるほど怒り狂った。


 こういう時、ぼくは運命を呪わない。

 相手が強かったし、ぼくが弱かった。

 反省は次に生かす。


 しかし、それはそれとして悔しかった。

 ゲームで負けると、“知識”と“教訓”が手に入る。

 だが、同時に“屈辱“も手に入る。下手すると屈辱しか手に入らないこともある。

 そんなの誰だってムカつくだろう。

 だから勝てるまで何度も何度も侵入を繰り返し……結局、夜中の三時までやってしまった。

 勝った時は声を出さないように枕に突っ伏して叫んだくらいだ。


 このまま朝を迎えていたら、きっとぼくは学校を休んでいただろう。登校したところで悔しさでなにもできないに決まっているから。


 だが、この勝利を収めるまでに、それはそれは大量の“教訓“が手に入った。


 見てろよ、次はそれを生かしてもっと効率的に勝ってやる。


 そんなわけで、その日のぼくは膨大な知識と満足感と眠気にのしかかられていた。

 もはや頭ではなにも考えられず、肉体の記憶のみで教室まで歩いていた。

 フワフワした気分のまま、歩いていると――


「っとぉ! 悪い!」

「いっ!?」


 リアルで巨大な質量が横からぶつかってきた。

 最悪だ。


 なんで登校時から廊下で嫌な思いをしなけりゃならないんだ。


「本当に悪い! ボーッとしてて!」


 両手を合わせて大声で謝るそいつは、心の底から申し訳なさそうにしている。

 いや、多分本心から申し訳ないと思っている。自分の非を素直に認めて、ぼくに謝罪しているに違いない。


「五十嵐……!」


 ぼくはたっぷり恨みを込めた目でそいつを睨み付けた。

 別にぶつかったことに対して恨みがあるわけではない。ただ昨日の寝不足の不機嫌のぶつけどころがあっただけだ。完全な八つ当たりである。


「……おい、金森? どした? そんなに痛かったか?」


 ところがコイツにはぼくの睨みも通じない。

 エルデンリングとは違い、目から狂い火の光線が出るようなこともない。


「だったら保健室――」

「いや……その、痛く……ない」


 目をそらしながら、ぼくはそう答える。


「そっか、よかった!」


 明るい笑顔で安堵するその顔を見ていると、イライラする。

 いつも裏表のない態度で、ぼくのような暗いヤツだろうが関係なく接してくる。

 ウザい。


 こっちは深夜まで狭間の地で冒険していて眠いんだ。朝から子ども向け番組の司会みたいなデカい声を発するな。


「いやぁ、オレ寝不足でさ! つい考えごとしながら歩いてたら、ぶつかっちゃった!」


 ふん、お前も寝不足か。

 どうせ彼女とヨロシクやってたんだろうが。

 ぼくとは違う夜の過ごし方をしているお前とは寝不足の質が違うんだよ。

 お前が女の子をハンティングしてる間、ぼくはずっと褪せ人を狩り続けていたんだ。撃墜数だけならぼくの方が多いぞ。

 ざまあみろ。


 それにしても――眠い。

「ふわぁ…………」

「ふあ…………」

 同時に口を開けてあくびをする。


「っ、あはははは! なんだ金森、お前も寝不足かよ!」

「…………うるさいな、五十嵐」


 ていうか本当にお前、寝不足なのか?

 疲れなんか全然見えない、さっぱりした笑顔してやがる。


 対するぼくは目の下に真っ黒なクマができてて、見られたもんじゃない。

 同じ人間で、同じ寝不足同士なのになんでここまで違うんだ。


「っと、もうすぐホームルームじゃん! ホント悪かったな金森!」


 最後にまた頭を下げて、五十嵐は教室に走っていく。

 本当に太陽みたいに明るいヤツだ。

 ……朝からイヤなものを見た。


 アイツを見ていると、普段のぼくがいかに矮小な人間か比べてしまう。

 誰とでも話せて、勉強もスポーツもできて、いつもポジティブシンキングの五十嵐。


 いつもクラスの隅で亀のように丸まって、どこのグループにも属していないぼく。

 なんで同じ年齢なのに、こうも違うんだ。


 比べるな。自分の個性で勝負しろ――よくそんなことを言うヤツがいるが、そんなのは強者のセリフだ。

 ああ、イライラする。

 こんな日は――


 いつものように褪せ人を狩ろう。


                  ***


 リムグレイブ西部、導きのはじまり――

 暗くじめじめとした漂着墓地でのチュートリアルを終えた初心者プレイヤーへの、最初のご褒美ともいえる場所だ。


 重いドアを開けると広がるのは、爽やかな草原の景色。

 生い茂る緑の大地。左手に見えるのは荒れる大海、右手には先が見えない森林、そして正面には青空の下にそびえ立っているストームヴィル城。


 そして空に広がるのは黄金に輝く木の枝。空を埋めつくさんばかりの黄金樹の輝きが、新しい褪せ人を歓迎してくれる。


 どこへ行っても自由、それならどこから攻略する?

 世界がそう囁いてくれるような、はじまりの場所。


 ぼくもこの景色を見た時は、そりゃワクワクしたものさ。これからどんな冒険が始まるのか、そしてどんな強敵が待ち構えているのか――

 おそらく何百、何千回と死ぬであろう未来に想いを馳せながら、この狭間の地への第一歩を踏み出したものだ。


 まぁ、そんな感動的な土地も、今はぼくの狩場なのだが。

 今日の獲物は三人。


 鉤指の主、つまり召喚主であるプレイヤーは街道に突っ立っていた。

 装備は葦の地一式――


 素性が侍のプレイヤーが最初に着る初期装備だ。

 どうやら始めたての新人褪せ人、といったところか。


 対する協力者は街道脇の廃墟にいる兵士をバッタバッタと斬り殺している。ワラワラと集まる兵士を、巨大剣二刀流で一撃粉砕。レベルによる暴力、といった感じだ。

 もう片方の協力者は兵士の死体を踏みながら進み、アイテムがある位置でぴょんぴょん跳びはねている。「ここにアイテムがあるから来いよ」と呼んでいるのだろう。協力者はふたりとも白の装備だ。


 褪せ人はおぼつかない足取りで、呼ばれた場所に行ってアイテムを取る。すると協力者はまた次のアイテムに向かって歩き出す。


 なるほど、初心者を導いているわけか。


 アクションゲームに慣れていない友人をナビゲートする優しい友人たち。

 彼らの従うままに行動すれば、敵を倒さなくてもいいし、良い武器やアイテムも簡単にゲットできる。


 ……だが、それはあの初心者が探索する楽しみを奪う行為じゃないのか。

 自分で『発見する』喜びこそ、エルデンリングの真骨頂だろう。

 あいつらは親切でやっていることでも、それは初心者にとって本当に必要なことなのか。


 それってネタバレとなにが違うんだ。


 財宝や道筋だけの話じゃない。「この曲がり角の向こうにオバケがいます」と書かれたおばけ屋敷なんて怖くもなんともないだろう。

 怖がったり、喜んだり、そういう未知が既知に変わる快感を損なっているじゃないか。


 独善的かもしれない。間違った考えかもしれない。

 まぁ、間違っているんだろう。


 でなけりゃ『協力プレイ』なんて仕様、このゲームに実装する意味がない。

 だが、この褪せ人の世界には、奴らとぼくしかいない。

 少なくとも、このぼく――侵入者がイラついただけで充分だ。

 狩る理由なんて、それでいい。


 どっちの考えが正しいかは、生き残った方が決めようじゃないか。

 すでに白い協力者たちは、侵入者が来たことに気づいている。

 初心者をアイテムの場所に誘導したのは、それを取らせるだけでなく、ぼくから姿を隠す意味もあったのかもしれない。


 だがぼくの姿はそう簡単に見つけられないだろう。


 戦技「暗殺の作法」――


 三〇秒だけ姿と足音を消す戦技。

 接近すれば気づかれてしまうが、逆に言えば近づかなければぼくの姿も足音も感知されない。三〇秒という時間で連中の死角に潜むことだってできる。


 幸い、ここは関門前の廃墟。破壊された家屋の壁が、まるで小さな迷路のように視界を塞いでくれる。

 だからちょっと大回りして背後から忍び寄ることもできる。


 協力者たちは初心者を中心に廃墟の周辺を探している。時々、巨大な武器を振って木箱を破壊している。ぼくがいたらラッキー、くらいの気持ちで壊しているのだろうが、その行動音は壁越しでも連中の位置を教えてくれる。


 壁にピタリと張り付く。


 この壁の向こうで、奴らは背中を向けてぼくを探しているはずだ。

 距離もわかる。ダッシュで背中を取るまでの歩数を一瞬で計算する。

 計算したら、もう迷わない。


 ――ここだ、くらえ!


 両手に持った曲刀の一撃を振るうと、白い背中から真っ赤な血が噴き出した。

 リアルの人間なら確実に失血死しているが、こいつには当てはまらない。

 だから、もう一撃。


 出血のショックでのけぞっている相手は、たった一瞬だけ操作不能になる。対人戦において、それは命取りだ。


 二撃目が協力者の命を奪う音を聞くと同時に、真正面から向かってくるふたり目の協力者をロックオンする。たった三秒ほどの出来事だが、すでに戦いは第二戦に移行しているのだ。


 もうひとりは巨大剣の二刀流。

 見ればわかるとおり、圧倒的な物理攻撃力で攻めてくるシンプルにして厄介な戦闘スタイル。ぼくからしてみれば、魔法や祈祷で来られるより、よっぽど怖い。

 クレバーな褪せ人が持つ巨大剣は、亜人が持つそれとは勝手が違う。


 一瞬で距離を詰め、さきほど倒れた協力者のように、のけぞらせ、ダウンさせて自由を奪ってからトドメを刺してくるのだ。


 だが――

 そいつはまっすぐこちらに向かってくると、ただ武器をブンブン振るだけ。

 タイミングも間合いも関係ない、闇雲にボタンを押すだけの攻撃。


 ……もしかして、こちらの攻撃を誘っているのか?


 そう感じて、注意しながらこちらも接近する。

 ダッシュから繰り出されるぼくの攻撃を受け、そいつは普通に倒れた。

 え、弱っ。

 なんだよ、強いのは装備だけかよ。

 装備だけ強くたって、中身が弱かったら意味ないだろ。


 まあいい、残るは――初心者の褪せ人のみ。

 どこに隠れていようが、探し出してやる。

 もうお前を守ってくれる騎士はいない。

 従者に世話をさせて自分だけオイシイ思いをしようったって、そうはいかない。


 しかし、そいつは隠れてなどいなかった。

 ぼくの正面に立つ、初期装備の褪せ人。

 なんの強化もしていない打刀を構え、じりじりと距離を測っている。

 臆病に逃げたりせず、しかし自暴自棄にもなっていない。

 ぼくに勝つつもりで、正面から挑むつもりでいるのだ。


 ――面白いじゃないか。


 ぼくは微笑む。

 きっと画面の中のぼくの分身も似たような表情をしているに違いない。



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