この先、絆があるぞ
田口仙年堂/ファミ通文庫
プロローグ
他世界に侵入しています
他世界に侵入しています
侵入者として、他世界に侵入します
侵入者として、他世界に侵入します
他世界に侵入しました
鉤指の主DarrrkHyperrrDragooonを倒してください
リムグレイブ西部、ストームヴィル城――
エルデンリングにおけるレガシーダンジョンのひとつであり、序盤の難所とも言われている巨大な城塞。
正門から入れば無数のボウガンに蜂の巣にされ、裏から侵入を試みれば底の見えない崖に叩き落とされる。あらゆる死因を与えてくれる、まさにエルデンリングを象徴するような“最初のダンジョン”。
ぼくが侵入したのは、その裏口。
切り立った崖の上にそびえ立つ城壁は、どんな巨大な兵器で穿たれたのか想像もつかないくらい、大きくめくれあがっている。
その大きな裏口から侵入するために、崖から壁伝いに階段がしつらえてある。
その階段で、そいつらは待ち構えていた。
階段の上に転がっている流刑兵の死体。
その死体を踏んでいる、騎士の姿がひとり。
騎士の隣にいる、黄金に輝く姿の護衛がふたり。片方は巨大なカボチャのような兜を被っただけで、下は全裸に近い。
あの黄金の連中は“協力者”だ。真ん中の“褪せ人”を守るために別の世界から召喚されたプレイヤー達。鉤指の契約で褪せ人がエリアボスを倒すか死亡するまで守る必要がある。
ぼくとは正反対の役割だ。
ぼくは侵入者。
あの褪せ人を倒せば勝ちという、単純なルールで動いている。
そう、単純なルール。
倒せばいい。
それ以外の余計なルールなど存在しない。
あらゆる手段を講じて敵を排除すればいいのだ。
それは相手もよくわかっている。
階段の上に三人で並んでいるのは、三人とも戦法を伝え合っているからだ。
あの黄金の奴らはランダムで召喚された見知らぬプレイヤーではない。
褪せ人とボイスチャットなりで通じ合っている知り合いなのだろう。
ゲームのルール的には、ぼくは“狩る側”。
だが、階上のあいつらはぼくを獲物だと思っている。
のこのこ入ってきた侵入者を待ち構え、統制の取れた連携攻撃でなぶり殺しにする狩人の集団――のつもりなのだろう。
その証拠に、奴らは丁寧なお辞儀のモーションで挨拶をしている。巨大なカボチャ頭がぴょんぴょん飛び跳ねている。
ここまで来てみろよ、という挑発のつもりなのだろう。
あいつら、もう勝った気でいるのか。
侵入者がエルデンリングのシステムを理解していないはずはない。
基本的に侵入者はひとり。対して仲間はふたりまで召喚できる。
一対三という圧倒的に不利な状況こそ、“背律の指”における律。
――理解していて、なお侵入するのはどうしてだと思う?
おまえらを倒せる自信があるからだ。
雲で覆われた崖下から吹き上がる風の音に混じって、輝く鐘のような音色がする。
澄んだ聖印の音が重なると、前方に赤黒い雲が出現する。
赤い雲の中には無数の蟲が飛び回り、ゆっくりとこちらに向かってくる。
祈祷「蝿たかり」――
出血効果を伴うその祈祷は、速度こそ遅いが強力なホーミング性能を持ち、狙った獲物に向かって移動する。その蝿に群がられたら最後、血液で動く生物はみな血を流して大ダメージを受ける。
その蝿の雲が、三つ。
なるほど、こいつらは対人戦がしたいわけじゃない。それがはっきりとわかった。
高所から三人がかりで蝿たかりを使い、近寄らせない。
絶壁の階段という閉鎖的な場所で、逃れられない蝿を複数放つのは有効な作戦だ。
しかも向かって左手は崖だ。ぼくらプレイヤーから見れば、踏み外せば死ぬ“見えない壁”のような存在だが、空を飛べる蝿にとっては自由に動ける空間だ。
ぼくは彼らに近づく前に蝿にたかられて失血死するか、あるいは階段を踏み外して落下死する――
と、奴らは考えたのだろう。
ぼくは階段から離れ、蝿の射程外に出る。
奴らは余裕の態度で青雫の聖杯瓶を飲み、FPを回復する。
このままこれを繰り返せば、やがて奴らの聖杯瓶も尽きるだろう。が、その前にじりじりと距離を詰め、攻撃に出るはずだ。
その前に、決着をつける。
タイミングは鉤指の主――ホストが聖杯瓶を飲むタイミング!
奴が行動した瞬間じゃない、行動する前に予測して動く!
ぼくの手が聖印を握る――同時に顔を押さえて絶叫する!
内なる狂い火の奔流が収束し、眼球から放たれる。渦を巻くように飛んでいくそれは、蝿の射程外から正確に鉤指の主である褪せ人の身体を貫いた。
祈祷「空烈狂火」――!
狂い火の炎に焼かれた者は、狂える三本指に意識を掻き乱されて発狂する。全身を押さえて悶絶する褪せ人に、ぼくは同じ火をもう一度叩き込んだ。
鉤指の主を倒しました。元の世界に戻ります。
周りの金色の協力者たちが棒立ちしているなか、主の褪せ人はゆっくりと灰になって消えていく。
呆然としている連中を残し、ぼくは丁寧なお辞儀をして、この世界から消えた。
****
「はーっはっはっは! どうだリア充ども! ぼくの勝ちだ! 群れてないとなにもできないザコどもめ! お前らみたいなイキッた連中を狩るのがぼくの楽しみ――」
『…………おい』
「ん?」
『なんだよリア充って。あの人達、普通に遊んでたプレイヤーじゃないのか?』
「いいや、あれは明らかにぼくを待ち構えてた。集団でひとりの侵入者をボコろうとした卑怯者たちだ」
『そっかぁ……?』
「ああいう連中を狩るのが、いわゆるエルデンリングの対戦――つまり侵入ってヤツだ。わかったか?」
『いや全然わかんねーって。つーかウソだろ絶対! そんな対戦ゲームあるわけないだろ!』
「なんでわかんないんだよ。対戦要素がどんなものか見たいってお前が言うから、画面シェア機能で見せてやったんだろうが」
『わかんないのはお前の考えだよ! なんだよ「狩る」って! フツーに対戦しろよ!』
「フン、これだから初心者は……これがエルデンリングの戦いなんだよ。みんなそうやってる」
『んなわけないだろ! みんなフツーにいい人ばかりだったぞ!』
「そいつらだって、一皮剥けばイキったオタクで――」
『イキってるのはお前だろうが! 鏡見ろよ!』
「うるさいうるさい! いいか、エルデンリングってのはなぁ――」
――なんて茶化しながら話しているけど。
ぼくがエルデンリングに対して抱いている気持ちは本物だ。
周囲に合わせて群れている、自分が上級者だと思っているイキリ野郎を狩るのがなによりも楽しみだった。
そういう楽しみ方を肯定してくれるゲームだと思っていた。
まぁ、実際にここにひとりいるわけだし。
自分がそうなのだから、周りもそうに違いない――そう思っていた。
ゲームを通じて殴り合うことが他者とのコミュニケーションであり、勝敗だけがその人物の価値を決める。
己の内側にある暗い欲望を吐き出すために、武器と死体と化物で溢れた世界に飛び込んで灰になるまで戦い合う――
エルデンリングとは、そういうゲームなのだと。
だけど、あの日。
ぼくは思い知らされたんだ。
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