願い事
「ああ…」
俺は弱々しい声をあげて、液晶画面の中に文字を打ち込む。
『
スマホの中からは、俺の担当の編集者、
「待って!後4行だけだから…」
「早く!!!」
俺は自分の書いている小説。「樹木の戦士」の最後の一文字を打ち込むと、俺はデータを東京にいる葉月に送った。
「来ました!それじゃあ、お疲れ様でした!」
葉月はそう言うよと、電話を切った。
俺は「締め切り日」と言う大きな課題を乗り越えたことによる疲労感が身体中に染み込んでいた。
今は真夜中の11時58分。
しばらくは何かに追われることもないだろう。
そう考えると、俺は安心感が溢れ、薄暗く、狭い部屋のデスクスペースの上で、目を閉じて寝てしまっていた。
「はっ!!!!!」
俺はデスクスペースから、薄めで起きる。
なんで、ここで?あ、昨日、締め切りギリギリで、徹夜してたんだっけ。
で、そのまま寝落ちってわけか。
俺はすぐ、昨日の状況を思い出し、何があったのか理解した。
「はぁ〜」と俺は背伸びをすると、ローラが3個付いたゲーミングチェアーから立ち上がった。
「肩が凝ってるなー」
俺はそう言いながら肩を手でほぐし、歩道を歩く。
天気も晴れて、日光が揚々と照らされているこの歩道は、俺が幼少期の頃いつも学校に行く時通っていた道だ。
俺は懐かしいなあ、と思いつつその歩道を通る。
すぐ隣には道路があり、家々が隙間なく並ぶ。
俺がだいぶ疲れ切っている中、風景を見ながら歩道を歩いていると、コツン。という何か金属のようなものが当たる感覚が足に響いた。
「ん?なんだこれ?」
俺は視線を懐かしい風景から、一旦足元に戻すと、そこには、黄金色に輝く金属製の蓋がされたコップのようなものがあった。
「なんだこれ?」
誰かが落とした骨董品なのだろうか、まるでアラジンの世界に出てくるような魔法のランプのようだ。
俺はとりあえず、蓋を開ける。
すると、白い煙のようなものが汽車の煙突から出るように勢いよく空に向かって吹いた。
「う、うわぁぁぁぁ!!!!」
俺はたまげてコップを手から投げてしまう。
「い…ったぁ…!!」
どこから出てきたのかわからないが、煙の中から顔の整った少女が出てきた。
少女は露出度の高い服を着ていて、赤と白の布を纏っている。
すると、その未知の少女は腰を抜かした俺のことを一目見ると、立ち上がり
「あなたが私を解放してくれたんですね!!」
と、少女はにっこり笑顔で腰を抜かした俺の両肩をがっしりと掴みながら言ってきた。
「え…あ、うん…」
俺がそう答えると、少女は再びニッコリと笑顔を見せ、手を自分自身の胸元に当てた。
「それでは、私が貴方の願いを一つ叶えてあげましょう!!」
と、少女は意気揚々に言った。
「え、えーっと…あなたはどちら様?…」
「え?」
「え、えっと~…つまり貴女は昔の人に封印された女神様で、貴女は僕の願いを叶えてくれると…」
「はい!!」
少女は笑顔で首を縦に振った。
「えーっと…まずは病院に行こうか…」
俺はそう言うと少女の手を掴もうとする。
「ま、待ってください!!私は変な人じゃありません!!!」
少女は、頬を膨らませ、少し怒ったような顔をした。
「私はさっきも言ったように女神ですよ!!!」
「でも、こんな女の子に、願いを叶えられる力なんてないでしょ…早く行くよ」
俺は少女の手を掴もうと再び手を伸ばした。
が、手は、少女の手に当たることはなかった。
「え?」
「ほら見てください!!!私は女神なんですよ!!この通り、私は実態がありませんし!!」
「え…?幽霊?それとも幻覚か?小説書いてて遂にいっちゃったかな…」
「ん…んんんんんん…!!!!」
少女は両手を振り回して、遂に、真剣な顔つきになった。
「もう良いです!!!それじゃあ、私の本の少しの力を見せましょう!!!」
そう言うと少女は両手を目の前に掲げた。
「大自然よ…その力を、我に貸したまえ!!」
女神と名乗る少女がその言葉を口から出すと、少女の両手の前に、光の玉が現れた。
「え?なにこれ?これも幻覚かな?」
俺はその光の玉に触れようと、指を伸ばした。
「あ!危ない!」
「え?あ、あっつ!!!」
光の玉に触れると、それはまるで溶岩にでも触れたかのように熱く、とても触れられそうには無かった。
「い、いっでぇ〜〜!!!!」
俺はすぐに痛みに耐えられず、その場にうずくまった。
「あ!!だから言ったのに!!!」
今度は少女は俺の焼けた指に両手を近づける。
「神よ…この者に生命力を…」
少女が先程のように魔法のようなものを詠唱すると、今度は少女の手のひらから、緑色の光が出た。
「どうですか?直りました?」
「え?あ、本当だ」
気づくと、本当に治っていた。
「どうですか!?私が女神だということ、信じてくれましたか!?」
「ま、まぁ…そうだね。とりあえず人間じゃないってことはなんとなく理解したかも。」
「う、薄い!!!」
少女はやがて肩を落とした。
「それじゃあ、仕方ないです…願い事叶えるってのは無しでいいですよ…」
俺はそんな落ち込む彼女の事をみて少し、申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「あ、待って。じゃあ願い事さ、考える時間くれないかな?今すぐは、さすがに無理があるような気がするし。」
「え?し、信じてくれたんですか!?」
「ああ!もちろんさ!!」
(もしものことを考えて、なんて絶対に言えない)
「やったぁ!!!」
少女はそう言うと、その場でピョンピョンと跳ね出した。
なんか、ややこしいことになったなぁ
「…てなことがあってさぁ…」
「え?からかってます?」
「え?」
牛のモモ肉が焼かれ、グリルから放たれる火の方向に向かって肉汁が落ちた。
俺の目の前には、肉のメニューと、肉焼き機。
そして、机と煙を吸い込む黒い筒を挟んで麻衣。
「お、焼けた焼けた」
俺は今、焼肉屋に来ている。
これは、一応「締切に間に合った」という名目での、俺からの奢りだ。
「いや、どう考えてもおかしくないですか!?な、なんですか女神って…!」
「信じるのか?」
麻衣は、ため息をついた。
「いやだって、霧矢さんがそんなつまんない嘘つくわけないじゃないですか…」
「なんだよそれ。なんか俺がつまんないみたいな言い方じゃん」
「仕方ないじゃないですか…」
「え、えぇ…」
俺は運ばれてきた肉を次々と、網の上に乗せる。
「それで?女神ってどんな人だったんですか?」
「なんか、そこら辺にいるような感じのオーラだったわ。」
と、俺が言うと、俺の座席の横…の少し上の空間に、ボン!と、小さな爆発のようなものが起き、
「普通のオーラってなんですか!?」
という、怒った様子の女神が宙に浮いた状態で現れた。
「あ、女神」
「え、マジで浮いてる…」
女神は俺の隣の座席に座ると、メニューやら、なんやらの置いてある黒い小さな箱から、箸を出し、肉を一つ摘んでタレを付けて口の中に入り込む。
「あ、俺の肉!」
女神は手を頬につけて「美味しぃ〜!」と、微笑む。
「この方が女神…らしいです。」
「らしいってなに!?」
「い、今浮いてたのって…」
「魔法とかじゃね?知らんけど。」
女神はぱぁァァァという風な感じでニッコリと笑うと、俺のことを指さして「正解!」と言った。
「大声出すな」
俺はもう一つ、肉を箸で摘み取り、タレにつけて口に放り込む。
肉汁が口の中で溢れ、俺は「ん〜!!」と声を漏らした。
「ところで、願い事は決まったんですか?」
「そうそう!!私もそれ気になってたんだよね〜」
女神はコホンと咳をすると、顔をなんとなくで整えて、言った。
「あなたの願い事はなんですか?」
俺は女神の顔を見ると、焼き肉のタレに映り込んだ自分自身の顔を見た。
願い事か…
「んー…まだ考えさせてくれないか?」
俺がそう言うと、二人の女子が「「えー!!」」と、同じ反応をした。
「願い事なんて、すぐに決まらないんですか!?」
「いやだってさー、何も願いが思いつかないんだから仕方ねーじゃん!」
「えー!?なんかあるでしょ!?お金持ちになりたいとかさぁ!!」
「金には困ってないんだ。金があったとて、何をするんだ?」
「え…欲しいものを買うとか…?」
「俺の欲しいものなんて、今持ってる自分の金で買える。それに、もし金持ちになったら、いつしか泥棒に入られそうだ。」
「そ、それじゃあ、不老不死になるとかは!?」
「不老不死なんて、死ねなくて悲しいだけだろ?俺は御免だね。」
それを聞いていた麻衣が口を出す。
「霧矢さんはモテたいとか無いんですか!?」
「モテたからって何があるんだよ。愛した人じゃないのに愛されねぇといけねぇなんて気持ち悪すぎるだろ」
麻衣が机に肘を置くと、「はぁ」と、深く息を吐いた。
「じゃあ、本当に何がしたいんですか?」
「やっぱり、小説関連かなぁ?」
すると女神が、明暗でも思いついたかのように、「あ!」と、大声をあげた。
「じゃあ、良いアイデアが思いつくようになれる!とかはどうですか!?」
俺は「うーん…」と自分の頭をなでる。
「なんかさぁ、あんまりそういう能力に頼りたくないんだよねぇ〜」
「はぁ!?わがまますぎでしょ!?」
「霧矢さんお金持ちになるとかで良いでしょ!もう!!」
俺は二人の女子にまたもや、責められる。
「あ。良いこと思いついた。」
「え?なにか思いついたんですか?」
俺は、指をパチンとならすと、女神の両肩を掴んだ。
「俺の願い事、決まったぞ!!!」
「ほ、本当ですか!?うげぇ!」
女神は、俺に勢いよく近づこうとしたが、固定しておいた肩のおかげでそうなることは無かった。
何故か実態が存在していることには触れないでおこう。
めんどくさくなる気がする。
「それじゃあ、願いを言うぞ!俺の願いは………」
落ち着いた焼肉屋。
俺は女神のいなくなった座席で肉をにっこり笑顔で頬張っていた。
「はぁ…あんな願いで本当に良かったんですか?女神さんもめっちゃ心配してましたけど…」
「逆によく良い願いだ!とか言えないね。俺はめっちゃ助かるんだけど?」
「はぁ…そうですか…」
「最強だろ!俺の願い事!!」
「でも、夢がないじゃないですか…ショートスリーパーになる!なんて願い事…」
「しかも20分寝ただけで、10時間分の睡眠だぜ!!だいぶ得した気分だ!!」
「はぁ…」
「それに寝る時間を操作する能力もおまけしてくれたしなぁ…!寝ることに関して最強!!まさに神の存在だな!!」
「は、はぁ…そ、そうですか…」
「ま、結局こんな所でいいんだ。なんか変なことして、この平和が崩れるのも嫌だしな。」
俺は先程焼いた焼き肉を頬張った。
「ん~~!!!うめぇ~!!」
「私だったら、お金持ちにしますけどねぇ〜」
「お前…それ選んでたら、下手したら強盗されるかもだぞ?金持ちは、下積みしてるからそういうのの対策を知ってるわけで、素人のお前なんか、すぐに死ぬかもだぞ?」
「はぁ…霧矢さんは小説の見すぎですよ…」
「お前も夢を抱きすぎだ。」
「はぁ〜別に夢を抱いていていいじゃないですかー!!」
麻衣が少しキレていると、店員さんが、白い泡をたっぷりと含ませたビールジョッキを2つ運んできた。
「生ビール大二本でーす」
麻衣は、そのビールを見ると、今までキレていた顔とは裏腹によだれを垂らした。
「え、えっと頼んで…」
「いや、俺が頼んだ。どうせ帰りは歩きなんだ。今のうちにパーっと飲もうぜ!」
「これって奢り…ですよね?」
「もちろんな。」
すると、麻衣はビールジョッキを手に持つ。
「オイシソォ…」
麻衣は既に、ビールしか目に映っていなかった。
「これで、機嫌直してくれ」
麻衣はその言葉を聞くと、ニッコリと笑って、「まったく…仕方ないですねぇ〜!!」と言った。
俺もビールジョッキを手に持つ。
キンキンに冷えたガラスが熱く火照った手を冷やす。
ビールは、黄金色に輝き、俺の舌がビールを求めていた。
早く済まして飲もう。
「じゃ、」
ビールジョッキを胸元で掲げる。
「あ、そうですね!」
俺は、ニヤリと笑い、麻衣…ではなくビールを見た。
「じゃ!樹木の戦士第16巻発売にぃー!!」
「「カンパーイ!!」」
俺達はそう言って、ジョッキをぶつけ合い、爽やかな音を鳴らした後、ビールを喉に流し込む。
ゴクリゴクリと喉を鳴らし、「ぷはぁ!!!」と、息を吐いた。
俺にとっては、やっぱり小説を書いたあとのビールは、最高だ。
俺には日常が一番あっている。
そう思った。
短編集 キャンディーシアター 最悪な贈り物 @Worstgift37564
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