今日とは違う 明日を夢みる


 力が欲しいと望んだとき、かの神はそりゃあ嫌そうな顔をした。


「なぜ君達は揃いも揃って同じことを願うんだ」


 その言葉を不思議に思い問い詰めれば、俺が愛したあの人もかつて同じことを願ったのだという。より正確には彼の前世である『魔王』が愛した人を亡くして力を求めたと。彼に愛する人がいたという事に苛立ってかの神を睨めば、「自分に嫉妬するのは止めてくれ」と言われたので魔王が亡くした最愛の生まれ変わりがオレだと知った。


「オレにあの人を殺せっていうのか?」

「正確には違う」


 彼はすでに死んでいた。彼の魂は朽ちかけた遺骸に縛られ、自由も意思も奪われ、力を搾取され続けているのだと説明された。解放するには肉体と魂を切り離すしかなく、それが出来るのは今世ではオレだけだとも。単に力量が優れているだけではダメで、彼との絆が必要なのだと教えられた。


 だから。……殺した。


 全てを終え、魔王を倒した勇者として国に迎えられ、報奨を与えられ、空しさに潰されそうになっていたとき、再び神が現れた。約束の力をくれるという。ああそう言えばくれって言ったっけなー、くらいの気持ちだった。神力を人型に固めるから交わってゆっくり神力を体内に取り込んでね、だそうだ。交わるって? って聞いたら○○○○ピーーーだって。まぁくれるものならもらっておこうか、彼が求めて叶わなかったということは結局死人を生き返らせることは出来ないのだろうし、もらった力で寿命を延ばして彼が生まれ変わるのを気長に待つしかないのだろうな……。しかしヤるなら見た目が可愛い子がいいな、ヤりやすいし、と思っていたら目の前に彼が現れた。ただし、オレが知らない人の姿で。


「チェンジで……!」


 思わず口をついて出た。だってそうだろう、おかしいだろコレ! なんでおっさんなんだよ! チェンジだチェンジ! 元の姿へ! 戻してくれ!!!


「……どうしてよりによってこんな姿こんなんで送られてくるんだ……」

「それは俺の台詞でもあります」


 思わず頭を抱えればしれっとした口調で彼が言う。あああああああ、声も違う! 当然だけどさぁ! すげぇ違和感!!!

 いや、しかし、しょうがないんだよ! オレが覚えてる彼の姿は、13歳の少年で! 女の子と見まがうばかりの美少年で! 別に顔だけに惚れたわけではないけども!!! いやしかし髪の色も肌の色も違うし、別人種じゃないか!? どういうこと!?!? 成長後の姿でさえなくない!?!? なのに魂の色だけ一緒ってなんなんだよ! ワケ分かんねーよ! 混乱するわこんなん!!!


 それなのに、その後すすめられたお茶の味は、彼の淹れたお茶だった。

 動揺した。視覚情報はどこからどうみてもおっさんなのに、ふとした仕草から彼が透けて見えた。極めつけは、オレの横で跪いたことだった。

 ――かつて彼がオレに示してくれたそれは、どこでどうやって覚えたものか、ひどく古風なものだった。今時そんなん誰もしねーよ、ってことをごく当たり前みたいな顔をしてやっていた。これも、そのひとつだった。最大の敬意を示すための礼法なんだよ、とかつてオレに忠誠と愛を誓ったときの――


「勇者ウェイン、神の命により我が内に眠る神力を我が身と共に捧げます。いかようにもお扱い下さい」

「……いや、いかようにもって言われても」

「あなたの命令には逆らえないように『作られています』。衣装を用意して頂いた上で命じられれば女装でもなんでもしますよ。……似合うとは到底思えませんが」

「だろうな」


 ………………なるほど。神はオレに、確かに褒美をくれたんだ。多分この人型に――おっさん型にしたのは嫌がらせかもしれないけど、それでも、これは『ルオ』だ。いや、この形にしたのもその方が神力が安定するからとか何か深い意味があるのかもしれない! 知らんけどな!


 混乱して、逃げるように家から出て、ギルドに行って適当な依頼を受けて街を出て魔物をぶっ殺した。体を動かしたら少しだけ落ち着いた。落ち着いたら、今度は『これは夢じゃないのか』と不安になった。慌てて街へ駆け戻り、ギルドに依頼終了の報告を叩きつけて家へ帰った。


「…………なんか、綺麗になってないか?」


 荒れ放題だった家が、妙にすっきりした外観になっていた。伸び放題の雑草は綺麗に刈られ、生け垣も整えられている。くすんでいた外壁まで綺麗になっていた。おそるおそる玄関を開けると、中はそれこそ、見違え。…………なんだこれ。しかも良い匂いがする。

 匂いに引き寄せられるように食堂に行けば、彼が整えた食卓が見えた。美味しそうな料理が一人前だけ用意されてる。オレのために? と思いかけ、そう言えば外で食べてくるって言ってしまってたと思い出した。


「おかえりなさい。勇者様も召し上がりますか?」


 そう言ってくれたので言葉に甘えた。食事は要らないのに食べられるから食べるんだそうだ。……そう言えば、彼は美味しいものを食べるのが好きだった。料理も上手で、彼が作る物はなんでも温かくて優しい味がして、大好きだった。

 出された食事は、懐かしい彼の味だった。思わず涙ぐんでしまって、誤魔化すために無心で食べた。……おいしかった。


 もっと食べたいと我が侭を言って、追加を作ってもらうことになった。オレの我が侭を許すときの表情がまた、彼そのもので、なんだか気持ちがかつてに引き戻されるような気がした。彼の姿に、かつての姿が重なって見える様な気さえした。

 綺麗になった部屋の礼を言いながら彼が使う部屋を訪ねれば使用人の部屋を使うという。そういう所もかつての彼そのままで懐かしい。オレとしては、出来ればオレの部屋の隣を選んで欲しかったんだけどな。


「……そうだ、おまえ、名前はなんて言うんだ?」


 名を尋ねれば、彼は困ったような悩むようななんとも言えない表情で視線をさまよわせた。幾度か躊躇うように口を開いてから小さく息を吐いて、最後に真っ直ぐオレの瞳を見つめ返した。


「名前はありません。――あなたが、つけてくれませんか?」


 名前がない。……ほんとうか、それとも、そう言うように神から枷でも付けられているのか。けれど制限なく、オレが好きに呼んで良いなら、オレが呼びたいおまえの名は1つきりだ。


「………………『ルオ』」

「はい」


 自覚があるのかないのかは分からない。けれどかつてと同じようにふわりとほんの少しだけ唇の端を綻ばせて微笑む控えめなその仕草に、彼がそれを喜んでくれたことが分かった。ほんとうに、彼は『ルオ』なんだ。

 おっさんだと分かってるのに、かわいいと感じてしまった。




 それから色々ありつつも、今は彼も依頼に同行してくれるようになった。オレが我が侭言ったからだ。

 しかし彼が一緒に来てくれるようになってから、依頼中の旅の快適度が格段に上がった。周囲の評判も評価も上々だ。上々すぎて引き抜きや不埒な催促が頻繁過ぎて困る位だ。ふっざけんなてめぇオレのルオに手ェ出そうとしてんじゃねーぞ!!!

 暴力に訴えるとルオが怒るので最低限だ。最低限で済まない場合は彼の視界の外でやった。


 この頃にはもうオレはルオの見た目がおっさんなことには全く一切抵抗がなくなっていた。だってルオだ。ルオはルオなのでルオだけにどんなルオだってオレには愛しいルオなんだ。ヤろうと思えばいくらだっていける。抱ける。立つ。それに良く見ればおっさん言ったって身なりはきちんとしてるし髭も綺麗に剃っているし体毛薄いし小綺麗だし。顔は若干平たいけど表情が幼くてむしろ可愛い……と言えなくもないんじゃないかなと最近は思うようになって来た。


 他のヤツに手を出されないようにするためだからと理由を付ければ、簡単にテントの中に引っ張り込めた。あまりにもちょろくて心配になるレベルだ……いや、そう言えばオレには逆らえないように作られてるんだって言ってたっけな。

 つまりオレが望めばいつだってヤれてしまうってわけだ。――……例えば、ルオが望まなくても。


 それは、嫌だな。


 オレはルオに、望んで欲しい。オレと結ばれることを。彼自身の意思で。

 抱きついても嫌がられないし、寝言の振りして名前を呼ぶと、額にキスをしてくれたりもする。起こさないように優しく頭を撫でてくれる。

 これで嫌われてるとかは絶対ないと確信出来る。間違いなく好かれている。オレ、愛されてる。

 だからこそ待とうと決めた。彼が自ら求めてくれるその日まで。


 きっとその日は来ると信じている。

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明日を夢みる ふうこ @yukata0011

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