明日を夢みる

ふうこ

終わりの来ない 明日を夢みる


「チェンジで」


 目の前に立つ赤髪の男は、こちらを認めるなり盛大に顔をしかめてそう言った。

 しかし残念ながらその声が俺をこの世界に送り込んだ「神」に届くことはなかったのだ。いや本当は絶対届いてるし気付いてるし多分チェンジもしようと思えば出来たのだろうけど、あの性格最悪の神は人が嫌がることをすすんで行う神なのでするわけがないんだよなぁ……。


「……どうしてよりによってこんなんで送られてくるんだ……」

「それは俺の台詞でもあります」


 赤髪の美しい男に茶を淹れながら、俺は深く深く頷いた。しかしどうしてか、という問いになら答えを返せる。「嫌がらせ」だ。多分それ以上はなく、それ以下でもない。きっと俺と彼とが揃って嫌そうな顔をしているのを、あの神は嬉しそうにニタニタと笑いながら眺めて楽しんでいることだろう。


 なぜ「送り込まれた」なんて言い方をしているかと言えば、俺が異世界からの招かれ人だからだ。招かれた理由はかのクソ神ご本人様からきっちり説明を受けている。彼の神力との相性が良かったから。以上。

 自分の神力と相性の良い魂をかの神が求めたのには理由がある。それが今俺の目の前にいる赤髪の男だった。


 彼は勇者だ。神の啓示を受け、魔王を倒した男だった。そして彼は神の啓示を受けて魔王を倒すことを了承する際、かの神に条件を突きつけた。願いを叶えろと。彼の願いは「強大な力」だった。よっしゃ任せろと軽く引き受けたかの神は、自分の力の一部を譲渡することを約束した。だがしかし、神の力だ。クソ神だろうと神は神。その力は常人には強大すぎた。そのまま譲渡すれば、勇者の人の形は簡単に壊れることが予測できた。例えるなら空気を吹き込みすぎた風船のように。


 ならばゆっくりと注ぐのが良いだろう、ということになった。ゆっくりと注ぐ際に逐一勇者の元に下りてくるのは面倒臭いと神は思った。約束の量の神力を固めて彼の近くに置いておき、適宜自分で適当に判断して摂取してよ、ということで形作られたのが俺だった。


 問題は、力だけを固めようとしたら上手く行かなかったことだった。人型には楔が必要で、それには彼の神力と相性のよい元人間の魂を使うのが良かろう、ということになった。らしい。神曰くなので、どこまで本当かは知らん。

 それで異世界から拉致されてきたのが俺という魂だったのだ。俺を核とすることで人型に固めた神力は安定し、彼の元へと下ろされた。生粋の女好きの彼の元に、「男」の姿で。


「あの神は言ったんだぞ、自分の力を欲するなら依代と交われと。男とやれっていうのか?」

「ああ……あの性悪神なら言いそうですよねそういうこと……まぁそういうことなんでしょうけど、俺は御免ですよ」

「オレだって嫌だよ、よりによっておまえみたいなムサい男なんて」


 ムサくて悪かったな。とは言わずに、自分で淹れた茶を口に含んだ。

 彼も又自分の前に置かれた茶を無造作に飲み干した。――飲み干してから、ふと気がついたように空になったカップを見つめ、こちらに差し出してきた。お代わりを注いでやれば、やはりぐびりと飲み干した。

 その飲み方に変わらない彼を感じてくすりと笑った。


「……美味いな」

「結構良い茶葉揃えてますよね。お好きなんですか、お茶」

「嫌いじゃない」


 所作は粗野だが、彼の容姿は抜群だった。燃えるような赤髪に凜々しく整った顔立ち、しっかりと筋肉の付いた均整の取れた体つき、まるで著名な芸術家が端正に作り上げた彫像のような男だった。彫像にしてはマイナス方面の感情表出が豊かすぎるが。

 今もなんだか不機嫌そうに眉をひそめている。


「とりあえず、屋敷の余っている部屋を適当に使ってくれ。オレの部屋は二階の奥だ。あと、二階の手前2部屋は客室になってる。そこ以外は全部空いてる」

「人は使ってないんですか?」

「仕事で大半は家を空けてる。帰ってくるのはせいぜい3日から1週間に1度程度で、それも寝に帰るだけだ。食事は外で、洗濯は近くの洗濯屋に頼んでる」

「なるほど」


 そんな状態なら屋敷なんて要らないだろうにという思いが顔に出ていたのだろうか、勇者が言い訳をするように「この屋敷は魔王退治の報奨で国から下げ渡されたものだ。オレが買うならこんな大仰なもの買わない」と不機嫌そうに言い足した。屋敷自体もあまり好みじゃなかったらしい。しかし報奨なだけに下手に処分することも出来ず、放置のしすぎもよろしくないらしい。


「おまえはどうなんだ、食事は要るのか?」

「俺は神の力の器ですから、食事は不要と聞かされています。睡眠も必要ないそうです」

「……便利だな」

「便利というか、滅茶苦茶ですよね。……『人』を何だと思っているのか」


 極力表情には出さないように告げる。俺は飲み干したカップをソーサーに戻すと、恭しくテーブルについた彼の横に跪いた。

 この国の礼法で、最大の敬意を示すものだ。


「勇者ウェイン、神の命により我が内に眠る神力を我が身と共に捧げます。いかようにもお扱い下さい」

「いや、いかようにもって言われても」

「あなたの命令には逆らえないように『作られています』。衣装を用意して頂いた上で命じられれば女装でもなんでもしますよ。……似合うとは到底思えませんが」

「だろうな」


 呆れたように言われて、どうしたものかなと溜息を吐かれた。

 チェンジは出来ない。神力を得る為には目の前の男を犯さなくてはならない。だがしかし、彼にもそして自分にもそんな趣味はない。褥を共にするなら女性が良いに決まっている。

 まして俺は別に美人でもなんでもないしな。……幸いなことに。


 飲み終わったカップはそのままに立ち上がった男に、跪いた姿勢はそのままに声を掛けた。


「どちらへ?」

「仕事行ってくる。オレがいない間はこの家で好きにしててくれ」

「分かりました。お食事は?」

「……外で食ってくる。あと、これ生活費」


 そう言って彼が渡してきたのは革袋が一つ。じゃらりとした金属音と手触り、重さからして恐らく中身は硬貨だろう。

 礼を言って受け取れば、「とりあえず一月分」とぶっきらぼうに告げられた。


 勇者を見送り、さてどうしようと腕をまくった。もっとも、この服は神力で作られたものなので、形も形状も自由自在だ。試しに思い描けば、体の前面にエプロンが現れた。前世で昔から愛用していたデニム生地のそれは使いこまれてへたった生地まで愛用していたエプロンそのままだった。さっきはわざと言及しなかったが、汚れることもないので洗濯も必要ない。


「とりあえずは、掃除だな!」




 うん、便利だ。箒もちりとりも神力で取り出せる。取り出せるというか作り出せるというか指先を変化させられるというか。

 屋敷は全体的に埃っぽかった。彼の寝室にもお邪魔したが、散乱した衣服に暗く淀んだ空気を見て思わず窓を全開にして空気を入れ換えた。シーツも汚れていたしゴミも部屋の隅に寄せられて虫がわいていた。

 使われていなかった部屋は汚れてこそいなかったがうっすらと埃が積もり、家の臭いがこもっていた。


「はー、すっきり!」


 やはり掃除はいい。気持ちが良い。無心で作業出来るところがとても好きだ。さほど使われていなかったとは言えそれなりに汚れていた台所も綺麗に整え、風呂のカビを取り、他のどこよりも汚れていたトイレも綺麗に磨き上げた。

 部屋は1階の台所横の部屋を貰うことにした。多分使用人用の部屋なのだろう、最低限の家具が設えてあり、屋内のどの設備へも距離が近く便利だったからだ。


 神は食事は不要だと言った。だがしかし、そんなのってないだろう、とも思うのだ。味覚はあるから食事は出来る。なら必要不要関わらず食べるに決まっている。食は生きる楽しみそのものだ。


 台所を掃除する際に食材もざっとチェックした。一応塩と小麦粉、駄目になった保存食が少しだけ……多分非常食とかそういうつもりで買い求めてそのまま忘れていたのだろう。保存食は処分した。


 幸い金はある。勇者がくれた革袋を開ければ、銀貨が13枚に銅貨が4枚入っていた。支度金としては十分だ。

 家を出る前に自分の格好を見下ろす。服が前世のままだったから、一思案してこの世界の一般的な使用人の服に変えた。……うん、神力で作られているから見た目と違って動きやすい。暑さや寒さも感じなくなっているから、他の人との感覚の違いには気をつけなくてはいけないけれど、今の時期ならさほどの問題はないだろうし周りの様子を見て都度変えていったら良いかな。


 ……それにしても、勇者が気がつかずにいてくれて良かった。服が神力の塊で自在に変化させられる、……そして、この肉体もまた神力の塊で、自在に変化させられるのだ、ということに。あとデフォルトがこの三十路男の姿で良かった。心底良かった。

 幸い、神はこの嫌がらせからしても彼に積極的に自分の力を摂取させたくはないのだろう。ゆっくり与えなければならないことに加え、与えすぎれば、彼が滅ぼした魔族の様に、彼も又失敗作として他のものに処罰をさせなくてはならなくなる可能性もあるのだから。


 魔族だって、はじめはごく普通の「人」だった。……ということを、彼が知ることは果たしてあるのだろうか。あるとして、それはいつになるのだろうか。

 僅かに薄青い肌、鮮やかな黒い髪、豊かな魔力と高い能力。魔族を示すそれらの特徴以外は、他の人間と何一つ変わる所などないのだと知るものはこの世界にはいない。かつては伝えられていたその知識は他ならならぬ魔族自身の祖先によって滅せられた。半魔などという存在があるのが何よりの証拠だ、他の妖精族との間に子は成せないのに、魔族と人族のみが同じ氏族であるかのように子を成せるのだ。


 失敗作として勇者に滅せられた魔族を哀れに思う。功績を挙げた彼らの始祖が神に願ったものが「神力」だったのはなにかの皮肉だろうか。始祖が力を願ったがゆえに魔族となり、長い時を経て勇者に滅ぼされた。


 勇者が神力を求めた理由は分かっている。

 もう2度と、誰にも、自分の大切なものを奪われないためだ。愛していた幼馴染みを目の前で魔族の男たちに嬲り殺しにされた経験が力を求める彼の性格を作り上げた。

 なんでそんなことを知ってるかって? 俺がその彼と愛し合っていた幼馴染みだからだよ。

 かの神が俺の魂をこちらの世界に引きずり込んだとき、俺の魂の底に眠っていたこの世界での記憶も引きずり出したのだ。俺がこの世界の習慣や言葉を知っているのはそのせいだ。


 食材と服と生活用品をあれこれと買い求める。服は神力で現せるとは言え、一応ね。……そこから体も変えられるんじゃないかと気がつかれたくないので。とは言え服は高いので1組買い求めるのがやっとだった。


 夕食は簡単にリゾットを作った。では頂きます、としたところで玄関で物音が聞こえてきた。玄関をのぞき込んで様子を伺えば、なんとウェインが帰ってきていた。今日は帰らないんじゃなかったのか?

 ウェインは匂いにつられるようにまっすぐ食堂にやって来た。


「良い匂いがする」

「おかえりなさい。勇者様も召し上がりますか?」

「もらう。……おまえは食事、要らないんじゃなかったのか?」

「要らないですよ。でも要らないのと食べないのとはイコールではないんです。俺、食いしん坊なので」

「……そうなのか。ところでその勇者様っていうのはなんだよ」

「勇者様は勇者様ですので?」

「名前の方で呼んでくれ。すげー違和感」

「かしこまりました、ウェイン様」

「……様づけとか」

「そこは譲れないところですかね」


 リゾットをよそってテーブルについた彼の前に置いた。いそいそとカトラリーを手に取ってぱくりと一口。それだけで表情がぱぁっと明るくなって、無言でばくばく食べ始めた。美味しかったらしい。口に合って良かった。

 ……なんだろう、本当に美味しそうに食べてくれるなぁ。眦に涙浮かんでないか? 外食ばっかりだったならそうなるのも分からなくもないけど。家庭料理に飢えてたのかな。


「おかわり!」

「………………かしこまりました………………」

「何その間」

「そんなにたくさん作らなかったので、おかわりを差し上げてしまうと俺の食べる分がなくなると言いましょうか……」

「そうか。悪いな」

「諦めるとか止めるって選択肢はないんですね」


 仕方なく差し出せば、それもぺろりと平らげられてしまった。くやしい。


「おかわり」

「まだ食べるんですか!? もうないですよ!」

「うん。だから、おまえの分も入れてもっと作ってくれ。それとも材料なくなったか?」

「材料はまだあります。……時間、かかりますよ?」

「構わない。悪いな、手間をかける。あと3人前くらい食うからよろしく」


 それなら部屋でくつろいでて下さい、食事が出来たらお呼びしますから、と言えば、そうすると言ってさっさと食堂から出て行った。そしてすぐに戻ってきた。ぱたぱたと廊下を走る足音がなんだか賑やかだ。それまで人の気配がなかった家だけに、自分以外がいるのが妙に賑やかに感じた。


「部屋! 片付けたのか!?」

「勝手に入りましたし片付けました。申し訳ありません」

「いや、それはいい。ありがとうな、助かる! 他も全部綺麗になってる。おまえすごいな!」

「あなたが掃除しなさすぎたんですよ」

「それはそうだけど」

「これからここが俺の住まいでもありますからね。家を整えるのは当然でしょう?」

「それもそうなんだろうけどさ。……あ、おまえ、自分の部屋はどこにしたんだ?」

「1階の台所横です」

「そこ、使用人用の部屋だろう?」

「そうですね。便利で使いやすい良い部屋です」

「……まぁ、おまえがいいなら別にそれで良いけど。……そうだ、おまえ、名前はなんて言うんだ?」


 不思議そうな不服そうななんとも言いがたい顔をしながら、彼はようやく、俺の名前を尋ねてきた。

 さて、どうしよう。どんな名前を名乗ろうか。前世の名のいずれかが良いか、それとも。


「名前はありません。――あなたが、つけてくれませんか?」


 そのどれもが違うような気がしたから、彼に選択を委ねてみた。


「――じゃあ、………………『ルオ』」

「はい」


 ははは。よりによってその名を付けるのか。……こいつ、バカなのか。

 それはお前の幼馴染みの名前じゃないか。お前にとって大切なものじゃないのか。

 ――そして彼は知らないことだが、同時にそれは、彼が殺した『魔王』の名前でもあった。




 「帰ってくるのはせいぜい3日から1週間に1度程度」とか言っておきながら、ウェインは結局ほとんど毎日家に帰ってくるようになった。勿論朝晩の毎日ご飯も食べる。洗濯もいつの間にか俺の仕事になっていた。他愛のない話をたくさん聞いた。依頼から帰ってくると大抵今日あったことを話して聞かせてくれた。

 休日には一緒に食事に出掛けたり、買い物に出掛けるようにもなった。渡される生活費は何倍かに増えていた。クローゼットには服も増えた。

 それにしたって毎日きちんと帰ってくるので、次第に不安にもなってきた。


「仕事、良いんですか?」

「日帰りで出来る仕事はちゃんと受けてる」

「……それ以外は?」

「…………断ってる」

「ダメでしょう、それは」

「だって! 受けたらルオのご飯食べられないじゃないか! それは嫌だ!」

「駄々っ子ですか!」


 受けろ受けないの言い争いは、「じゃあ、ルオが一緒に来てくれるなら受ける!」に変わった。

 仕方なく、彼の依頼に同行するようになった。

 野宿の際はそれなりに活躍出来た。食事の支度や細々とした雑用、それに寝ずの番も出来る。

 依頼で同行した他のメンツから引き抜きまがいの勧誘も受けたし夜のお誘いを受けたりもした。勿論断ったけれど、俺が自分で断る前にウェインがすごい形相で誘った男を殴りつけたのには驚いた。それはまぁ、当然か。何しろ俺は彼に与えられた神力の塊なのだから。

 そういうことがあってから、依頼に同行する野宿の際は彼のテントに引き入れられて一緒に寝るようになった。別にナニをするということではなく、ただ一緒に寝るだけ――嘘です、抱き枕になってます。こんなムサい男を抱きしめて何が楽しいのだろうかと思いつつも、とりあえず大人しく抱き枕になっている。多分人の体温的なものが気持ち良いのだろう。一応他の人に自分が人ではないことがバレないように、体温は普通の人間と同じくらいに設定してある。


 ルオと寝言で名前を呼ばれる度に、たまらない気持ちになる俺のことなんて、こいつは知らない。

 知らなくていい。

 ……どうか、知らないままで、いて欲しい。


 俺には2つの記憶と名前がある。

 1つ。ここではない別の世界で生きた記憶とその男の名前がある。今の姿はその男のものだ。

 そしてもう1つ。クソ神から与えられた――否、クソ神によって魂から引きずり出された記憶と名前がある。

 クソ神は神とは言え、全くの赤の他人の人生を辿らせるような力なんて持ってなかった。俺が見せられたのは俺の魂がこの世界で生きた記憶だった。その男は1人で2つの人生を過ごした。


 愛する人を失ったがゆえに強大な力を求めて魔王となった男は、それだけの力を得ても失ったものを取り戻せず絶望し命を断った。幸いなことに生まれ変わった男は最愛と巡り会えた。そしてその後、力を手放したが故にあっさりとかつての自分の子孫に嬲り殺しにされ愛する人を地獄へと叩き落としてしまった。死んで終わりかと思った生は、その後蘇生された魔王の体へと引き戻され強制された。言葉と意思を奪われ、かつての部下に力を搾取され、ただただ魔族に尽くすことだけを強制された。最愛に愛する人を殺した敵として殺されて、ようやく俺はこの世界での生を終えた。

 そして俺は世界を変えて生まれ変わり、この世界での記憶を綺麗に忘れ、別の世界でもう一つ平凡な人生を生きてから、再びこの世界へと引き戻された。


「私の愛し子はつれないねぇ、あれだけの加護を得ておきながら私のことを忘れるとは」


 偶然だと神は言ったが、果たして本当かどうかは分からない。自分の神力に相性の良い魂を釣り上げたら俺だったと言われ、そりゃぁ相性が良いはずだ、私がたっぷりと加護を与えた魂なのだからねとケタケタ笑った。

 引きずり出されたかつての記憶に絶望し、新たなる愛し子に与えるための力の器として作った人型の楔として使われることを教えられた。その人型を与えるのが、かつて自分が愛した人だと言うことも。

 楔として使われることで魂は摩耗する。この人型に宿した神力を全て彼へと移譲した後、この人型と共に俺の魂は消滅する。


「いいかい、これはお前の魂に刻まれた罰だ。私の加護を受けておきながら己が身を粗末に扱ったのだからね。お前の魂はここで消滅し、未来永劫2度とかの者と巡り会うことはない。そしてお前は己のことをかの者に語ることが出来ない」


 そう魂に枷を付けられ、俺は彼の元へと送り出された。


 腕の中で眠る彼の髪を優しく撫でる。

 俺はお前にほんとうのことは語れない。ほんとうの名も名乗れない。お前が力を全部受け取った暁には、お前の側から消えてしまう。それでもお前は俺をかつての名で呼ぶし、力を移譲するまでの一時であったとしても、こうして側に居られるのだから、これ以上は望むまいと思うよ。


 幸いこの見た目だ。彼が俺に欲を抱くことはない。力を得たい彼からしたら業腹かもしれないが、待遇から判断しても彼は割と俺を気に入ってくれているようだし、少なくとも嫌われてはいないだろう。


 叶うことなら、出来るだけ長く、お前の隣でお前を助けていたいと思うよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る