第6話

「はあ~……。はああ~……。はあああ~……」


 王都の王宮の王太子の書斎で、レオンハルトはこの日も何度溜息をついたのか自分でももうわからない。一日百回三日で軽く一万回はついている気さえするレオンハルトだ。計算がおかしいがそこをおかしいとも思わないくらいには彼は気もそぞろだった。


 王都を去るメイプルから素っ気なく別れの言葉を告げられて、さよならにしばらく足が動かせなくて立ち竦んだ日から既に数ヶ月。


 どうして自分はすぐにでも彼女を追いかけなかったのかと後悔しても後の祭りだ。

 行くな行かないでくれと縋り付いて懇願していたら彼女の決断も少しは違っていただろうか。

 そうできなかったのは、まざまざと思い出していたからだ。


 前世と呼んでいい過去を。


 レオンハルト・ソルト、彼は自らが同じ人物としてもう一度人生を賜ったのだと理解していた。


 何故かは知らない。しかし理由はわからなくとも貴重なもう一度のチャンスに何をしたいかはわかる。


「私はもうメイプルを不幸にはしたくないんだ」


 愚かな自分のせいで過去世のメイプルは死んだ。だからこそ今度は無実の彼女を思い込みで追い詰めるなんて愚行を繰り返したりはしないと決めたのだ。

 何の皮肉か、いや因果応報なのか、メイプルは明らかにレオンハルトを疎んじていた。そうする彼女の理由はわからない。

 だから強気には出られなかった。距離を置く方が彼女の幸せになるのならと、今に至るまで動けていない。


 彼の場合、それは結局のところ何年も先にまで続くのだが、それはまた後々の話だ。


 レオンハルトが過去人生を思い出したのは、まだシュガー家も没落してはおらず、メイプルが思う存分食べていられた時分。

 ある日、王后から王都屈指の高級喫茶に密かに呼び出され、一番高い部屋の前で指示通りに待っていた時だ。

 まだ潜在的だが近い将来必ず馬脚を現す生涯の敵たる王后からの指示なのでかなり怪しみ警戒しながらも、今王后に怪しまれるのはレオンハルトとしても得策ではないとして聞き分けの良い義理の息子を演じたのだ。


 そこで彼はメイプルと王后との衝撃的な会話を聞いてしまい、大き過ぎる精神的衝撃のおかげなのかせいなのか、あたかも脳みそがスパークしたようにして怒涛の前世を思い出したのだ。


 前世のメイプルは、彼女の生の終わり、レオンハルトに追い詰められた崖の先端でふっと笑っていた。何がおかしいのかと、最初は思った。


 けれど、それがもう心身ともに疲れ果て、生きるのを諦めた者の浮かべる表情だと悟ったのは、彼女が自ら後ろに下がり背面から崖を飛んだ後だった。


 最後の最後、彼女が「さようなら」と呟いたのだけは妙にハッキリと耳に残っている。


 メイプル・シュガーはレオンハルトに追い詰められての予期せぬ転落死とされているが、本当は自死だったと知るのはあの場で最も彼女の近くいたレオンハルトだけだ。


 同行していた騎士達からは足を滑らせた不慮の事故のようにしか見えなかったらしく、正式な書類にもそう記載された。故人の名誉のためにもレオンハルトは真実を自らだけの胸に留めて墓場まで口を噤んだのだ。

 シュガー家の屋敷前で彼女から同じくさよならを言われて固まってしまったのは、その最も忘れたかった光景が脳裏を過ぎったせいも大きかった。


「本来なら婚約を解消してやるのが最善なのだろうが、私にはできない」


 前世を思い出して以来、真夜中に何度悪夢で目が覚めただろう。その都度レオンハルトはごめんと小さく呟いて一人頭を抱えるしかなかった。メイプルを笑顔にしたいとその度に強く思いもした。

 どうして今よりも幼い頃、見ず知らずだったメイプル・シュガーの名を聞いて心臓が跳ねたのか、今ならわかる。

 前世の未練、後悔から繋がる相手だったからだろう。まだその時は前世の記憶がなくとも魂が覚えていたと言える。


 ただそれは、恋愛感情に繋がるものでは決してなかった。


 強いて言うならば恐れや慄きにも近いものだった。


 その相手が婚約者になるだろうと父王から聞かされて、土台浮かれるわけがない。

 対面予定の晩餐会ではだからこそサボるつもりで剣の稽古をわざと長引かせていたが、何故だかそれでは駄目だと、後々婚約話を蹴るにしても直接彼女には会わなければならないと感じた。元々の彼の生真面目さがどんな相手であれ誠実でいるべきだと叫んだのが半分と、あと半分は彼自身でもよくわからなかった。


 会うと決めたからには、急ぎ稽古を切り上げ少しでも印象に残りたくて精一杯豪奢に着飾った。気付けばやけに張り切って支度していたのだ。


 彼女は前世では紛れもなく自分に惚れていたが、おそらく晩餐会で一目惚れされたに違いないと彼は自惚れではなくそんな分析もしていたためだ。


 今世ではまだ見ぬメイプル・シュガー公爵令嬢、彼女が本当はどういう娘なのか純粋に興味があった。


 ……しかし、実際に顔を合わせた彼女からは特にうっとりもされず、裏目にしか出なかった。


 内心だいぶ落ち込んだが、そんな気持ちが霞むレベルで彼女の異次元いや最早異世界の食べっぷりには度肝を抜かれた。その場の皆は恐怖すら浮かべてドン引いていたようだが、レオンハルト、彼だけは全く違った。


 気持ちのすくような食べっぷりの良さに、どうにも胸が高鳴って上手く応対できなかった。


 そもそも晩餐室に足を踏み入れた瞬間視界に入った丸っとした女の子の姿に、彼はこの世を一瞬忘れかけたのだ。


 少女が輝いて見えやけにドキドキした。


 何か変な病気の発作でも得てしまったのかもしれないと当初は思い、堪えて席に着いたものだ。


「ふっ、まさかあれが初恋の衝撃だったなんてな」


 晩餐会中はかなり浮かれた自覚のあるレオンハルトだ。

 まあ、彼の一方的な盛り上がりだったが。


「はあ……。あのもりもりした食欲はかなり予想外だったが、前世でもそうだったようにふくふくしていて姿は同じなのに、とても可愛かった……っ」


 レオンハルトは別にぽっちゃり専ではない。彼自身もそこは自覚している。他のぽっちゃり令嬢を見ても微塵も何も感じない。


 しかもそれが前世ではなく今世のメイプルだからこそ惹かれたのだ。同じ人間なのに何故か前世のメイプルを思い出しても罪悪感だけが先行して少しも恋愛的にはドキドキしない。不思議だった。

 

 とにかく、今思い返せば、前世を何も知らなかったうちから自分はメイプルが婚約者になる喜びに、人生薔薇色だと思ったものだった。

 前世を知るからこそ、このまま沢山婚約者としての時間を一緒に過ごして心の距離を近付けて、王后からは自分が彼女を護り抜いて晴れて人生を共にできればとの展望を抱いていた。そんな人生計画だった。


「はああ~。現実はそう思うようにはいかない、か……」


 何故かメイプルは誰もが結婚相手にと憧れる王太子の自分に無関心。あまつさえ冷たかった。この人生では何かした覚えはないのに。

 デート(レオンハルトの一方的見解)をしても、何度食べ物に負けたと思っただろうか。とは言え、好きなもの百位以内には入っていたのでよしとした。


「嘘ではなく大真面目に、彼女とは少しでも親しくなりたかったのに……」


 実は一度メイプルももしかすると自分と同じく前世を思い出した口だろうかと勘繰った。だから避けられるのだと。

 されど、彼女からは憎しみや恨みは感じられず、単に興味がなく関わりたくない面倒臭い、更には他に人生の大目的がありそのために無駄に余所見をしている暇はない的な必死さを感じた。だから違うのだろうとその考えは取り下げた。


「はああ~メイプルに会いたい……。でも会いに行けない……」


 何故なら、迂闊にも行き先を訊くのを忘れていた。

 シュガー公爵一家がどこへ行ったのか知らない。

 突き止めるのは可能だ。

 だがしかし下手に調べたりすれば、王后から嗅ぎ付けられ前世同様にメイプルを失うかもしれないと思えば、自分自身の基盤がある程度整うまでは気にしていない体を装うしかなかった。

 故に今もおいそれと調査できないでいた。未だ子供の自分にまだ周囲を掌握できる力がないのがとても悔しい。

 少なくとも名実共に王太子に相応しい実力を身につけなければ、メイプルを捜し出して王后から護るなんて到底無理なのだ。


「きっと必ず迎えに行くから、それまでどうか待っていてくれ、メイプル」


 愛しい愛しい釣れない婚約者。

 この日からレオンハルトはそれまでにも増して各種精進に励むのだった。

 彼女と再会するそれまでに、まさか七年もかかるなんて彼自身思いすらせずに……。






 妖精王子カイはこっちからもう必要ないと言うまでは差し入れてくれるとさらりと太っ腹な約束をして、テレポート魔法か何かで姿を消した。

 あの後両親には謎の差し入れ人は善良な王都の魔法使いだったと告げただけにして、カイが妖精王子だとは伏せた。

 実際にカイは魔法塔の魔法使いだから嘘はない。

 先代の公爵つまりは私の亡き祖父に恩義があり、王都で私達の事情を知り憐れに思っていて差し入れをしてくれていたという理由にしておいた。

 私達一家がレオンハルトからの援助には一切手を付けていなかったので、変に気を遣わないようにと何でもない木の実の差し入れにしたというやや苦しい作り話をしたけど、両親はすっかり信じて感謝していた。因みに王都の凄い魔法使いだからうちの銀行口座事情もわかっていたって補足したけど二人に不審がる素振りはなかった。ホントにね、どこまでもお人好しな二人だ。だからこそ王后の唆しにもホイホイと応じて没落の憂き目に遭ったんだけど。

 私がメイプルである限りは、全力で将来楽させるからそれまでどうか待っていてね。


 そんなわけで、私はカイと面識ができたけど、両親はカイとは会っていない。そもそも妖精だから見えない。


 カイの方もわざわざ両親に姿を見せるつもりはなかったようだ。


 差し入れは遠慮なく頂くわ。だがしかーし、それだけで必要以上には関わらないようにする。


 カイもメインキャラの一人だもの。


 カイ繋がりでレオンハルトとまた会う可能性は捨て切れない。リスクは少しでも下げておくのが望ましいからね。


 彼の言っていた王太子妃候補の妖精を探したりもしなかった。これまで彼女の方から姿を見せなかったのなら、人間と関わるのを嫌がるタイプなんだろうから。私に悪戯をしてくるような妖精達も私以外には無関心だし、普段は忘れているけど妖精とは得てしてそのような存在なんだって改めて実感した。


 ただね、カイは去り際に「今日の初会話記念に、明日は果実の他にも栄養の高い物を持ってくる」なんて予告していったけど、一体何を持ってくるつもりなのか。


 それはあっさりと次の日の朝が来て明らかになったけど。


 最弱魔物の一つたる森スライム狩りからレベリングを始めようとその日の朝起きて意気揚々と着替えていた私の部屋の戸が忙しなくノックされた。


 何かを応えるより先に「メイプル、もう起きてる?」と母親の声。「メイプル、寝ていたならごめんよ、だけどちょっと起きてほしいんだ」と次には父親の声。

 焦りとか恐怖はなさそうだから私も慌てたりはしなかったけど、どうしたのかと戸口に駆け寄って戸を開けた。


「おはよう、朝からどうしたの?」


 おはようと二人それぞれに挨拶を返してくれながらも、その顔は良い事があったみたいに輝いている。


「メイプル、昨日あなたが会って話した魔法使いさんが、また差し入れをしてくれたみたいなんだけれど」

「ああうん、これからも毎朝差し入れしてくれるはずだけど、え、何かおかしな物でも入ってた? あ、もしや栄養のあるもの持ってきてくれるって言ってたの、昆虫食だったとか? イモムシ推奨? まあ生きるか死ぬかって状況なら食べるとは思うけど、さすがに今はねえ……」


 違う違うと揃って首を振る二人へとなら何だと怪訝な顔を向けると、母親が嬉しそうに口を開く。


「木の実だけだと思ったらね、何と最高級のステーキ肉まで入っていたのよ!」

「ステーキ肉? ああ……」


 しかも最高級。地球で言うならA5ランク肉だろうな。

 カイは栄養食=ステーキ肉、とでも安直に思っているに違いない。何しろ彼は妖精だ。決して外れてはいないけど完全でもない。

 魔法には精通しているくせに人間文化には相当疎いキャラなのは知っている。ヒロインはそれで苦労していた。


「えーっと、彼はきっとお祖父様にとても恩義を感じているんだと思うわ。だから子孫のわたくし達によくしてくれるの」

「そうなのね。天国のお義父様には心から感謝しないと」

「ああそうだね。父さんにはきっと一生頭が上がらないなあ」


 あ、何だか少ししんみりしてしまった。お祖父ちゃん勝手に名前を使ってごめんなさいと思いつつ、悪事ではないから赦してねと心で手を合わせた。


 加えて、カイは本当に王太子妃になる予定の妖精ちゃんが好きなんだろうって感心もした。


 彼女の周辺環境にまで気を配るそのそつのなさ。案外天然妖精王子だと思っていたカイは計算もできる強かな一面もある御仁なのかもしれない。レオンハルトも変なイレギュラーがあったし、カイにもあったって驚かない。

 まあ何であれ、ありがとう高級ステーキ。

 その日の我が家は朝食から高カロリーだった。


 さて、スタミナ料理を食したところで、内緒のレベリング開始よ!


 私は食後休憩を挟んでから散歩してくると言って家の裏手から始まる森へと分け入った。


 森の奥には魔物がいる。くれぐれも奥までは行かないようにと注意の言葉をもらった際には「はーい!」と聞き分けよく返事をしたけど、まあ返事をしただけだ。


 武器はたまたま家の納屋にあった以前の住人がそのままにしていったらしいツルハシだ。同じく残されていた斧でも良かったけど斧は薪割りで家族が使うかもしれないから念のためにそのままにしておいた。


 サクサク歩いて奥まで来た私は、予定通りに初心者用の弱い魔物、森スライムを手始めに退治せんと獲物を探す。


「第一ヴィクティム発見~」


 森スライムは光合成もできるのか緑色の球体をうごうごさせて、こちらも私を獲物と見定め臨戦体制だ。

 うん、スライムといえども魔物は人間の天敵。下手を打てば逆に餌にされる。

 引き摺って来たツルハシをよろめきながらも大上段に持ち上げる。構えよおーし!


「どおりゃあああーーーーっ!」


 レディらしからぬ奇声を口に私は苛酷なレベル上げへの第一歩を踏み出した。







 さてそもそも、どうしてレベリングが苛酷なのか?


 最弱スライムを倒すのは実は私みたいな八歳の小娘でも可能だ。それなのに何が大変なのかって言うと、普通の人間の体に魔物から得る要素というか、それは得てして経験値と呼ばれるものだけど、それの吸収は相当な苦痛を伴うの。

 体内に異物を入れるようなものだからね。

 経験値は基本的にはその魔物を倒した相手のものだ。倒すとオーブがふわりと現れてふわふわその場に留まる。私達はそれに直接触れる事で経験値を得られるんだって聞いた。もしも経験値が要らないのならその時はオーブには触れないでその場を立ち去ればいいんだとも。放っておけば経験値は大地に還るみたい。


「ううっ……! くうっ……! ……マジにキツい~っっ」


 ただね、僅かな経験値吸収でもかなり生身には負担。


 何日も何年もこの激痛に耐えて身体改造してこそ人間究極に強くなれる。


 タリタリラーッて冒険ゲームみたいに敵を倒しまくって効果音だけで経験値を得てはいレベルアップ~なんて楽して強くなんてこの世界ではなれないの。

 ふ、随分とやり甲斐があるじゃないの。苦労は人を成長させるって言うしね。


「でもやっぱりこんな痛いの嫌だーーーーっ!!」


 苦労なんてしなくていいならしたくなんてないーっ! これが本音よーっ!!

 だけど、そうは問屋が卸さないわけ。

 私は何度も何年もこれに耐えないとならない。

 早く身体強化できる体になりたいし、将来に必要な魔法だって使えるようになりたい。まあそこは才能に左右される部分もあるから望む魔法系統が使えるのかどうかは、レベルアップして魔法能力を改めて検証してみないとわからない。そこは運と言うか賭けよ賭け。


「想像以上に全身がビリビリして痛いぃ……」


 三匹の森スライムを倒した私は疲労困憊で近くの木に寄り掛かって肩で息をしていた。たったの三匹でこの有り様だ。先は長い。千里の道も何とやら。

 お昼には一度家に戻って昼食を食べないとならない。何も言わないままに不在にしたら両親がとても心配するだろうからだ。二人は私が家の程近い場所で遊んでいると思っているから自由にさせてくれているのであって、森の奥でこんな事をしているのを知ったら絶対家から出してもらえなくなる。


「はあ、ここから歩いて帰るのか。お昼に間に合うかしら」


 しかも食欲旺盛健康全開ですって顔を見せないと無駄に詮索されかねない。

 木の幹に預けていた背を離して、家への道を歩き出す。

 いつになく足取りが重くてふらついた。


「わわっ……!」


 転ぶっ、受け身をっ……と思ったけど体は思うように動いてくれない。地面がぐんと近くなった。


「……っ」

「全く、人間はこうやって無茶苦茶するから。一番初めから飛ばし過ぎだ」


 誰かの溜息と共にそんな声がして、私は気付けば抱え上げられていた。

 妖精王子カイに。


「え、妖精さん……?」

「プリンは馬鹿なのか?」

「プリン? 誰それ? それとも食べ物の?」

「あれ? 君の名前プリンじゃ?」

「メイプルよ! プしか合ってないし!」

「ああ、そっかエクレア」

「何でっ! 音数しか合ってないけど!! メ・イ・プ・ル!!」

「人間の名前はややこしいから覚えられない」

「ややこしい!?」


 どこが。全然でしょ。


「まあいいわ。助けてくれてありがとう妖精さん」


 言外にもう下ろしてくれと含ませたけど、カイは下ろしてくれなかった。それどころかそのまま歩き出す。


「いやいやいや待って妖精さん、わたくし重いから! 腕痛くするわよ!」

「何で。どこが重いんだか。家まで送っていく。あと、俺の事はカイでいいから。呼び捨てで」

「いいの?」

「勿論」


 カイはくすりとして余裕の笑みを閃かせた。

 かーっ! デンジャラス美形がまた一人ここに!

 私じゃなかったらカイのこの笑顔にころりよころり!

 妖精だし魔法も使えるから苦もなく私を運べるのかな。

 結構体力消耗が激しくて、そうしてもらえるなら大いに助かるってのが本音だったから大人しくカイの提案に従った。


「あ、待ってカイ、ツルハシも持ってほしいんだけど」


 この場に放置していったら回収するのに難儀するし、次の戦闘時の武器がなくなる。でも私を抱っこしてくれているだけでもハードだろうし、ツルハシまでは図々しいかもしれない。

 そんな遠慮が顔に出ていたのか、カイは意外そうに片方の眉を上げるとツルハシへと目をやった。


「仰せのままに、我がお姫様」


 気取った台詞を口に魔法でツルハシを浮かせる。

 感謝だけど、お姫様だなんて痒い~っ!

 後はまるでツルハシが従者になったみたいに私達の後ろをふよふよ~と付いてきたっけ。


 彼のおかげで何とか無事に家まで戻れて、両親には不審を抱かれず済んだ。


 午後から私はまたレペリングに出かけたけど、この日からカイはちょこちょこ森の中に現れて、私のレペリングを監督してくれるようになった。主に危ない時に手助けしてくれた。

 メインキャラとお近づきになりたくないなんて思っていた私は、その自己中な考えを反省し、彼の思い遣りに心から感謝した。


 そんなわけで、妖精王子カイは私がこの地方に越してきてできた友人一号だ。


 それから何年と、彼とは友として付き合う事になる。まあそれは先々の話だけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る