罪深き、城一

 骨の内側が痛んだ。いや、正確にはもうどこが痛むのかわからなかった。銃で撃たれたのは初めてではなかった。

 銃撃などもう慣れたと思っていたが、ただの思い上がりだったようだ。銃で撃たれれば死ぬ。俺のよく知っていることじゃないか。以前の傷は致命傷ではなかったが、今回は違うようだ。死んでいくのがわかる。

 月明かりで女の顔が照らされた。だが、涙で霞み俺を見下ろす女の表情を見ることはできなかった。俺を殺そうとする女。俺の惚れた女。

 全く、間抜けにもほどがある。俺を憎み殺そうとする女に恋をするなんて。

 俺は自嘲気味に笑おうとしたが、激痛に流され、情けない涙を零すのが精一杯だった。命乞いでもするような顔をしていたに違いない。

 クラマ・シオリ。旦那の名前は……なんと言ったかな、思い出せない。そもそも知らなかったのかもしれない。

 クラマ・シオリ、君の言う通りだ。猟師なんてのは戯れ言だ。俺は動物を殺したことはない。俺の仕事は人間を殺すことだった。金のため、生きていくために人を殺した。依頼人の素性もターゲットの素性も詳しいことはなにも聞かず、ただ与えられた仕事をこなしていた。どこで、いつ、どうやって殺すのか。考えるのはそれだけだ。余計な感情は持たない。雑念を抱かず、機械のように人を殺す。それが俺の仕事だった。

 引退したのはつまらない理由だ。

 ある朝目覚めると、嘔吐が止まらなくなった。夜に見た悪夢のせいだ。俺は毎晩、動物たちに、いや、死んだ動物たちに襲われる夢を見た。彼らは毎日、姿を変え、死の臭いを漂わせて俺の枕元に現れた。それは俺が殺してきた男たちの魂なのだと悟った。それが罪の意識なのかはわからない。がらんどうの心に初めて生まれた感情が罪悪感だったのか。俺にはわからない。

 陳腐な話さ。死んだ人間に怯え、人を殺せなくなった殺し屋。これが映画なら、無料だって観ないような話だ。

 悪夢から逃れるために仕事を辞め、山奥に隠れるように住み着いた。

 そのうち、俺は肉を食べれなくなった。どれを食べても、肉の味は人肉にしか感じられなくなったから。


 銃声が鳴った。

 地面に刺さった銃弾が雪を舞い上がらせた。ライフルを構えた女は泣いていた。銃弾は俺の右腕をかすめ、雪に埋まった。

 素人だな。クラマの構え方を見て、俺は思った。実際に言葉にしていたのかもしれない。いずれにせよ、声は骨の下に響き、どこか遠くで聞こえてくるような音でしかなかった。俺の中で音の概念は崩れ去っていた。

 静かだった。墓場のような静寂が俺の中にあった。俺の身体はゆっくりと雪の下に沈んでいくような気がした。

 俺はポケットからピースのパックを取り出した。ライターを握る手も、煙草をくわえる唇も感覚はなかった。

 殺してくれ。俺は言った。多分、声に出せていたと思う。少しでも愛した女に殺されるなら本望だ。

 銃声が鳴った。

 クラマは素人のような構え方をしていたが、的は外さなかった。

 銃弾は夜空に消えた。きっと、さっきの銃弾もわざと外したのだろう。俺は確信した。

 女の唇がゆっくりと動いた。「簡単に死ねると思うな」

 それは俺が今までに聞いたどんな言葉よりも厳しく、心に響いた。

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