チクシュルーブ・クレーター

 二〇二四年十月十二日のことだ。地球に未曾有の隕石が降り注いだ。

 大国の最先端科学技術も頭脳明晰な専門家も、この隕石を止めることはできなかった。甚大な被害は当然ながら地球全土に及び、国は国として機能しなくなった。約六千七百万年前に恐竜を絶滅させたように、地球上の生物はほとんどが息絶えてしまった。無数の隕石が厄災となって降り注いだ原因は、現在でも解明されていない。

 それでも、現在まで生物が生存しているのには二つの理由があった。

 一つは、運よく隕石から生き延びた生物。それに法則性はなく、「運」という言葉でしか説明できないという。神の気まぐれで多くの生物は種の根絶だけは免れることができた。

 そして、その「運」の中には、二つ目の理由につながる生物も含まれている。

 遡ること十四年。二〇一〇年より、「太陽系移住計画」という各国共同の一大プロジェクトが緩やかに実行されていた。地球以外の惑星や人工衛星を地球と同等の生存可能惑星へと作り変え、移り住むという計画だった。人類が長年夢に見ていた宇宙進出である。

 このプロジェクトが実行された背景には、相次ぐ彗星の落下があった。「神の気まぐれ」による隕石落下に比べれば、人的被害は皆無であったが、人類が危機感を覚えるのには十分すぎる量の落下だった。つまり、宇宙からの厄災により人類が滅ぶかもしれないという懸念はすでに示されていたのだ。

 こうして進められた「太陽系移住計画」により、数億人の人類や動植物が火星へと移り住んでいた。神の気まぐれから種の生存を勝ち取れたのにはこうした理由があった。

 移住のための惑星間移動が可能となったのは、マテリアル・イリュージョン社が亜空間装置の開発に成功したためだった。早い話が「ワープ」装置の完成である。

 さらに、銃器製造でその名を轟かせたブローニング・チェスター社及びフレミング&マーカム社との共同開発により、次世代AIなどを担う「ナノ・マシン」と再生可能エネルギー「ブラック・クリスタル」という二つの"コア"が誕生した。精密動作と燃料問題を一挙に解決したのだ。

 これら最先端技術により、人類の移住は想像よりも遥かに簡易的に行えるようになった。億単位の生物が移住できたのには、そういうわけがあった。

 これらの技術は大型の宇宙旅客機以外にも搭載された。現在"マシン"という名で親しまれている戦闘機だ。映画の中でしか存在しなかった戦闘機は現実のものとなった。自動車のライセンスを取得するように、"マシン"のライセンスを取得し機体を所有することで、惑星間移動が自由自在となったのだ。

 従来のそれを大きく凌駕する"マシン"により人類がその後も宇宙開拓を進めていくことは、今更いうまでもないだろう。

 ここで問題が生じた。新たなる惑星の領土である。

 地球に君臨していた大国はこぞって火星の領有権で争った。主に、米国と中国、そしてロシアだ。どの国がどれだけの領土を保有し、入国管理はどのようにするのか。人間社会の自由には制約が必要だ。縛りがなければ、宇宙はたちまち荒地となってしまう。

 ルールを作るには力がいる。権力という力が。人間特有の悪しき力が。

 火星における権力を有した国こそが、今後の太陽系を牛耳ることとなる。ゆえに、争いが起こるのは必至だった。正義の押し付け合いによる銃弾と流血はすぐそこまできていた。

 いつの時代も人間は力と領土により争い、殺し合いを重ねてきた。歴史は繰り返される。それは、地球をでても変わらぬことだった。

 そして、隕石が降った。

 争いも国も消え去った。このときばかりは、人類は種の存続のためにひとたびの団結をみせた。人種、性別、宗教、あらゆる境界を消し飛ばし、生存という一つのゴールに向かって突き進んだ。隕石により、初めて種が纏まった瞬間だった。

 この厄災は、人類に対しての罰だったのだろうか。あるいは––––その答えは、神のみぞ知る。

 それからおよそ百年。厄災を経験した人類はどう生きているのだろう。

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