第11話 英雄

「あなたは私達の英雄です」

「頑張って」

「私達の未来を救って」


 そうか俺は英雄か。

 英雄なら、敵に後ろは見せないよな。

 倒れるなら前のめりだ。


 未来が掛かっているならなおさらだ。

 よし、倒れるまで走ろう倒れたら這って進むまでだ。

 それが英雄ってものだろう。


 浮浪児から、食べ物と飲み物を受け取って体に活を入れた。


『女の子の声援でやる気をだすとはな』

『神だとて同じ事よな。女神から声援を受けたら頑張らねばなるまい』

『それが男の役目でしてよ』

『ちょっと感動話になったな』


 足が重い。

 ぬかるみを進んでいるかのようだ。

 空気が粘っているかのよう。

 自分の呼吸がうるさい。

 口の中は鉄さびの味だ。

 膝が笑う。


 限界が近いのが分かる。

 意識しないで顔が歪む。


『ここでやめると、それはそれで面白そうだな』

『転落人生を見るのも面白い』

『いけませんわ。乙女の期待には応えなくては』

『何度も挑戦してというストーリーも面白いな』


 好き勝手言いやがって。

 やめないぞ。

 ここまでくれば意地だ。


『前は簡単に諦めていたのにな。成長しているのか』

『ふむ、諦めない心が芽生えたのだな』

『英雄の資質ありですわ』

『英雄譚にしては泥臭いがな』


 そうだよ。

 漏らしまくってヘロヘロになって走っている。

 英雄の姿とは程遠い。

 だがな。

 恰好悪くっても、挑戦する姿は尊いもんだ。

 ひとは笑うかも知れないが、やっている本人は満足だ。

 しかし、俺に英雄の資質ね。

 諦めない心か。

 俺は成長しているのかな。


「頑張れ」


 住人からの声援も増えた。

 手を振る気力はないが、力を振り絞って手を振る。

 何となく自分が英雄になれた気がする。

 気がするじゃなくて、あの売られそうな娘達にとって俺は英雄だ。

 何人が否定しようが、その事実は変わりない。


 あと、1時間。


 一歩一歩が命を削っているかのように思える。

 あの家まで走ったらやめよう。

 目標まできた。

 先のあの家まで走ったら。

 目標に到達するたびに目標を先に設定する。


『なんだかんだであと少しだな』

『ここまで来たら最後まで行け』

『勝因はやはり乙女の声援ですか』

『まだ分からん』


 残り時間はあと30分。

 もう思考さえはっきりしない。

 耳鳴りがするようだ。


 真っ直ぐ走れない。

 俺は手をついて4本足歩行に切り換えた。


 まだ走れる。


『猿みたいだな』

『だが少し応援したい』

『ですわね』

『限界が近いな。ここまでくるとあとは精神力か』


 もっとなにか喋れ。

 神の声を聞いていれば、心が紛れる。


『手から血が出ているな』

『足の皮ほど厚くないからな』

『満身創痍ですわね』

『結構よい試練になったな』


 さあ喋れ。


『少し感動した気がする。神は失敗することがほとんどないからな』

『試練の感動は自分では体験できない』

『ですわね』

『だから、人間にやらせて、それを見物しているのだ』


 そうなのか。

 神はある意味可哀想だな。

 たしかに何もかも上手く行ったらつまらないだろう。


『人間の分際で神を憐れむか』

『ふん、隣の芝は青く感じるもの。我らとて人間を憐れんでいる』

『神は神で楽しくやってますわ』

『人間に憐れみを持たれるとは』


 あと、10分。

 いよいよ体が動かなくなってきた。

 浮浪児が見かねたのだろう。

 後ろを押してくれた。

 失敗扱いされるかな。


『ふん、グレーゾーンだな』

『試練に助力が入るのはよくあること』

『許しましょう』

『今回だけだ』


「ありがとう。もう良いよ」


 浮浪児が離れた。

 俺は倒れた。

 時間は?

 10秒。

 警告音が鳴る。

 這い這いで進む。


『ふん、今回もクリアしたな』

『ちょっと感動した』

『やはり英雄はこうでなくては』

『よし、ご褒美だ。回復魔法を掛けてやる。【ゴットヒール】。それと武器とポーションだ』


 ファンファーレが鳴って、クエスト成功の文字が。

 痛みが消えて、傷も疲れも全て消えた。


「ステータスオープン」


――――――――――――――――――――――――

名前:ヒデオ

ジョブ:凡人

レベル:25

魔力:2628/2628

スキル:

 チャレンジスピリット

装備:

 神剣エクスザウス

 無限ポーション

――――――――――――――――――――――――


 武器は神剣か。

 抜いてみると、魔力が減り始めた。

 魔力を消費して威力を発する剣らしい。

 無限ポーションの方も同様かな。


 剣を鞘に戻す。

 ギルドまで俺は走った。

 そして、オーク討伐の依頼書をはぎ取った。


「これを受ける。受けるにあたって条件がある」

「何ですか」

「もし成功したら依頼金は要らない」

「それはあなたの勝手ですが」


「本当ですか」


 村長と思われる依頼人が希望に目を輝かせた。


「これで娘達を売らなくてもいいだろう」

「売る予定の娘の中には私の娘もいます。どうか依頼を果たしてください」

「任せておけ」


 胸を張って宣言した。

 俺は英雄だ。

 みっともなく漏らす英雄だが、英雄には違いない。

 英雄の仕事をしに行こう。

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