第10話 8時間耐久マラソン

「レッツチャレンジ」


 8時間のデジタル表示が現れた。

 俺はゆっくりと走り始めた。

 うん、余裕。


『始まったな。今回は面白くなさそうだ』

『走るのならドラゴンに追いかけられてとかではないとな』

『ドラゴンより早く走れるのは神ぐらいなものでしてよ』

『不評だな。こういう回もある』


 残りが7時間になったところで、食べ物と飲み物を受け取る。


 街の同じコースを何度も走るものだから、徐々に住民が注目し始めた。


『人間にはただ走るのでも面白く映るのだな』

『ふん、感動させるのなら命を懸けてもらわなければな』

『長閑で良いではありませんか』

『面白くなるのに期待』


 残り6時間。

 少ししんどくなった。

 汗はだらだらと流れる。


『きつくなったのか』

『だが、レベルの恩恵があるのだぞ。死ぬ気なら24時間は走れる』

『流す汗は美しいですわ』

『面白くなるのはこれからだと期待している』


 あと6時間も持つのか。

 足の裏が痛い。

 ポーションを飲む。

 痛みが引いた。

 いける。


 だが。

 くそっ、尿意が。

 あの娘達の絶望に染まった目が思い出された。

 あんな目をさせるぐらいなら。


 盛大に漏らしてやった。


『まあ、戦場では漏らしながら戦うなど日常茶飯事だな』

『面白くない』

『人が漏らす所を始めて見ましたわ』

『いまいちだな』


「あの人、漏らしながら走っている」

「きっと、モンスターに頭をやられたのね。可哀想だから笑ったりしてはいけないわ」


 聞こえているぞ。

 同情は要らない。

 好きで漏らしているんだ。


 漏らしたのは良かったが、乾いてきたら痒い。

 猛烈に痒い。


「痒い!」


 走りながら足をかく。


『うひゃひゃ、何だあの走り方は』

『猿が無理して走っているみたいだな。少し笑える』

『痒みは馬鹿に出来ませんわ。無敵の巨人もそれでやられたではありませんか』

『少し面白かったぞ』


 くそっ、体力をロスしてしまった。

 だが痒いのは我慢できない。

 かゆみ止めを用意していなかった俺が間抜けだったのだ。


 あと、5時間。

 足の裏が痛いのでポーションを飲む。

 これがなかったらかなりきつかった。


『ポーションは禁止な』

『そうだな取り上げろ』

『取り上げるのなら見返りを与えなくては』

『チャレンジ成功した時には飲んでも尽きないポーション瓶を与えよう』


 くそっ、ポーションが。

 だが、飲んでも尽きないポーション瓶は魅力的だ。

 ゾンビアタックができるということだからな。

 やめろと言ってもポーションは取り上げられる。

 褒美が増えたと喜んで走ろう。


 あと、4時間。

 足の裏が焼けるように痛い。

 顔が苦痛で歪むのが自分でも分かる。


「苦しそう。頑張れ」


 住人から励まされた。

 俺は手を振った。


 パワーを貰った気がする。


『痛みではあまり面白くないな』

『そうだな痛みは耐えられるらしいからな』

『生きたまま内臓を食われる罰を受けた人間も耐えましたから』

『面白くならないな』


 俺は面白くするために走ってない。

 再び漏らした。


 痒みが来ると分かっていれば対処も出来る。

 乾く前にタオルで尿を拭う。

 これでいくらかはましなはずだ。

 作戦は成功。

 痒みはましだった。


『面白くないぞ』

『まったくだ』

『わたくしは楽しめましてよ』

『これからがきつくなるはずだ。そして面白くなる』


 未来をみてから企画しろよ。

 馬鹿なんじゃないかな。


『結末を知っていたら面白くないだろう。お前こそ馬鹿だな』


 はいはい、そうですね。


 あと、3時間。


 足が猛烈に痛い。


『よし、面白くしてやろう』

『ふむ。いいなやれ』

『何かしら』

『それなら良かろう』


 背後から生臭い息が吹いてきた。

 振り返るとよだれを垂らしたドラゴンの口がある。


「うひっ」

『引っ掛かった。幻だぞ』

『だが、追いつかれたらかみ砕かれる天罰だろう』

『血は御免ですわ』

『まあ大丈夫だろう。死ぬような天罰はしない』


 ぜんぜん、これっぽっちも安心できない。

 本当に幻か。

 栄養バーをドラゴンに投げてみる。

 ドラゴンは栄養バーをかみ砕いた。

 その音がすぐ近くで聞こえた。

 いや、これっ幻じゃない。

 実体をもった幻だろうそんなのは幻とは言わない。

 でも街の住人はドラゴンを気に掛けてない。

 俺だけに見えるのか。

 じゃあ幻か。


 あと、2時間。

 くわっ、体が鉛のように重い。

 足なんか痛すぎて感覚がない。

 もう駄目だ。

 楽になりたい。

 ドラゴンにかみ砕かれても構うものか。


『おっ、諦めそうになってるな』

『天罰が見られるのか』

『頑張って下さいまし。応援してますわ』

『足を止めたら一からやり直しだからな』


 やり直せるのか。

 なら楽になっても。

 そうだよな。

 俺は一体何のためにこんなことをやっているのか。


 足が遅くなった。

 もはや歩いているのか走っているのか分からない。

 ドラゴンの顎はそこに迫っている。

 警告という文字が出て警報音が鳴った。

 これ以上遅くなると失敗になるらしい。


 ギルドの前を通った。

 首輪をした娘達が俺を見た。

 頼む、もう十分だと言ってくれ。

 頑張ったから許すと。

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