第3話 レベルアップ

『試練の神:このまま諦めるとどうなるか未来を見せてやろう』


 脳内に未来が見えた。

 物乞いになって、餓死していく。

 そして誰に弔われることなく埋められた。


 こんな未来は嫌だ。

 死ねるか。

 絶対に日本に帰る。

 ついでに大金持ちになって美女ハーレムを築いてウハウハだ。

 鼻の奥が少し痛いぐらいなんだ。

 いや、無理。


「おがみざん、りょうりどっでおいでぐだざい」

「大丈夫かい」

「ばながおがじいだげ」

「そうかい」


 俺は街へ散歩に出た。

 路地裏をみると痩せこけた子供が虚ろな目をして俺を見てた。

 立ち去ろうにもあの目が俺を離さない。

 どうせ死ぬんだ。

 誰かの心に残って死んでやる。


 俺は有り金を全て、浮浪児の子供に渡した。

 やってしまった。

 しかし、後悔などない。


 子供の目に輝きが戻る。

 うん、これで良かったんだ。


 俺は自分を追い込みたかっただけなのかも。

 それとも虚ろな目が嫌だったのか。

 とにかく死ぬ前に良い事をひとつした。

 それで良いじゃないか。


 まだ死ぬとは決まってない。

 クエストさえクリアできれば先は明るい。

 死ぬ気でやればできる。


 宿に帰って、食堂のテーブルに着いた。

 まず鼻から水を飲む。

 ツーンと来たが水は飲めた。


 そしてスパゲッティを鼻に突っ込んだ。


「ぐがが! 痛い! ぐっ!」


 くしゃみをこらえながらスパゲッティを奥へと入れる。

 ケチャップの匂いが立体になりそうなぐらい鼻にガツンとくる。

 鼻水と涙が止まらない。

 鼻水を飲み込む力でスパゲッティを奥へ奥へ。


「がああ!!」


 激痛にテーブルをバンバン叩く。


『鍛冶の神:うははは』

『戦いの神:頑張れ。頑張れ』

『愛の女神:もう少しですわ』

『試練の神:いやー、笑える』


「ぐががぁ!!!」


 激しくテーブルを叩いた。

 テーブルのコップの水がぴちゃぴちゃ跳ねる。


「あんた、無理しなくても。何があんたを駆り立てるのか知らないけど。親がみたらきっと泣いてるよ」


 女将さん放っておいて。


『鍛冶の神:テーブルバンバンして手は痛くないのか。俺は痛みなんて味わったことがないが』

『戦いの神:いや何かリアクションがないとつまらんだろう』

『愛の女神:テーブルマナー的には落第点ですわ』

『試練の神:痛みなんて感覚は神にはないからな。まして激痛なんて』


 くそっ、痛みを知らない奴らめ。


「ぐっ!! ぐっ!! ぐぬっ!!」


『鍛冶の神:涙が凄いな』

『戦いの神:痛いと泣くんだな』

『愛の女神:女神の涙はエリクサーですわ』

『試練の神:神は普通、泣けないからな』


 スパゲッティが喉に到達した。

 もう少しだ。


「ぐががぁ!!! ぐっ! ぐっ!」


 ちゅるんとスパゲッティが鼻から入って行った。

 スパゲッティが食道を通って胃と繋がる。

 そして、胃に落ちて行った。


『鍛冶の神:おっ、やりきったぞ』

『戦いの神:映像を記録しておいた』

『愛の女神:ちょっと感動でしたわ。笑えましたけども』

『試練の神:よし、ご褒美だ』


 ファンファーレが鳴って、クエスト成功の文字が。


「スデーダスオーブン、ぐしゅ」


――――――――――――――――――――――――

名前:ヒデオ

ジョブ:凡人

レベル:5

魔力:526/526

スキル:

 チャレンジスピリット

――――――――――――――――――――――――


 やった。

 やり終えた。

 勇者のレベルに追いつくのにあと6回。

 勇者ざまぁ、お前は苦労してレベルを上げているだろうが、俺は1日で5レベル上げたぞ。

 6回ぐらい余裕、いや余裕じゃない。

 レベルが5あるとたしか木の棒でもスライムが討伐できる。


 何度も鼻から水を飲んで、鼻を綺麗にする。


「すーはー、すーはー。あー、スッキリした」


 残りのスパゲッティは美味かった。

 割り箸は洗ってマイ箸に、皿がなんと大銅貨5枚で売れた。


 もしかして、何回もチャレンジしてスパゲッティ売ったら金持ちだった。

 いやキャンセルは認めないかも。


『試練の神:その通りだ』


 くそっ、心を読まれている。


「全部、普通に食ったらどうなってたんだ」


『試練の神:天罰だな』


 くそっ、ずるは許さないってことか。


「あんた、やりきった顔だね」

「女将さん、俺、やりましたよ。俺にも出来ました」

「そうかい。あんな馬鹿な試みにも意味があるんだねぇ」


 最後までやりきった感は今まで味わったことの無いものだ。

 やりきったというのはこんなに気持ちいい事なんだな。

 でもあの苦痛はもう味わいたくない。

 大金をもらっても嫌だ。


 とにかくひとつ山を越えた。


 昼を過ぎた冒険者ギルドは閑散としていた。

 みんな働き者だな。


 受付のカウンターに寄った。


「冒険者登録したい」

「この間の記憶喪失さん。なんか顔つきが違いますね。壁を越えた感じです」

「レベル5になりました。木の棒でスライムに勝てるレベルです」

「運よくレベルアップできたのですね」

「はい」


 用紙に必要事項を書いて、カードを貰った。

 6番目の文字が書いてある。

 意味的にはFランクらしい。


 スライム駆除の依頼を手に取った。

 スライムの数を一定数になるまで減らす。

 数が減るまではほとんど常時依頼だ。


 スライムは下水道に出る。

 3Kの職場だ。

 だが文句は言うまい。

 木の棒は宿で薪を譲ってもらった。


 大銅貨1枚で水筒を買う。

 スライムの魔石を洗うために水が要るからだ。

 それと万が一体液を食らったら、素早く水で洗い流さないと。


 あの浮浪児が気になったので路地に行く。

 なんと浮浪児の数が5人に増えてた。

 俺を期待のこもった目で見てくる。


 なけなしの金の大銅貨2枚を浮浪児に渡す。

 金ならまた稼げば良い。

 心置きなく寝れることが重要だ。


「ありがと」

「俺、大人になれたら、あんたに恩を返す」

「死なないで」


「死ぬ、何で?」

「施しをする人は死ぬ人が多いんだ」


「俺は死なないよ。鼻スパを潜り抜けた男だ」

「鼻スパ?」

「鼻スパのお兄ちゃん。覚えた」


「これからスライム退治だ。俺の無事を祈ってくれ」

「うん、祈る」

「神様にお祈りする」

「きっと大丈夫」


 あの神様達じゃご利益はないかもな。

 でも案外、遊び道具がなくなるのを嫌がって幸運を与えてくれるかもな。


 軽く木の棒を振る。

 ぶんぶんと風を切る音がした。

 レベルアップの恩恵で強くなっているらしい。


 なぜか知らないがやれる気がした。

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