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 今日は一体、どこで目が覚めるのだろうか、という不審な感情を抱きながら、黒瀬は歩いていた。電車に乗る前に、感じていたあの違和感は、いまや、神経を切り刻むような恐ろしい疑念に変わっている。

 あの、ナイフは、柔らかいはずではなかったか?

 無雑作に、黒瀬はポケットの中に手を突っ込んでいた。

 っつ痛!

 黒瀬は、慌てて手を引き抜いた。右人差し指の第二関節の辺りが、抉れるように切れていた。血が、どろり、と指を伝った。

 なんてことだ、と黒瀬は思った。このナイフは、本物ではないか!

 と思った次の瞬間、苦笑していた。これは、夢の中のナイフだ。

 夢の中のナイフが、何らかの脳の作用で、夢の中で本物のナイフになったに過ぎないわけだ。それにしても、なんという迫真の痛みなのだろう。

 切れた人差し指が、いまにももげそうだ。

 早く夢から覚めてくれればいいが・・・・・・。

 このままだと、あと数百メートルも歩けば、実家についてしまうではないか。

 黒瀬の歩みは、一段と早くなっていた。自分では、どうにもできないその歩路の中で、黒瀬の頭の中では妻のあの言葉が、繰り返されていた。明滅する回転灯のように。

 それは、一種の呪いの言葉に化けて、頭を巡り、神経を逆撫でする。黒瀬の頬が、ぶくり、と怒張する。

 言うんじゃない、お前は、そんなことを言ってはダメだ。

 そして、妻の口を塞ごうとしたのだ俺は。

 もう、殺して、と妻は言ったのだ。何度も何度も、呪言のように、言ったのだ。擦れた、のどに痰が詰まったような声だった。死の間際の老人が、絞り出すような声で。

 どうして、お前はそんなことを言うのだ。お前は、そんなことを言ってはダメだ。俺のために、生きてくれ・・・・・。

 そのとき、妻の動かなかった頭が、ゴロンと回転し、黒瀬を見上げた。あの目、あの胡乱で恨めし気な目が、黒瀬の心を砕いた。

 バリバリ、とガラスの割れるような音が、黒瀬の頭の中で響いた。

 夢は、いまだ、醒めなかった。

 黒瀬は、いつの間に、実家の玄関の前に、立っていた。妻の晴恵の、怨嗟の声が聞こえてきそうだった。

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