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やがて、その夢を頻繁に見るようになった。病院に行った方が、いいのかもしれない。精神のバランスを崩しかけているのだ。だから、あのような夢を見るのだ。
黒瀬は、もぬけの殻のようになった妻の布団を、扉の、こちら側からじっと見つめた。布団は、妻が最後に寝ていたときのままにしてある。いつか、妻が元の健康な姿に戻り、ここへ戻ってくることを夢見て、黒瀬は、抜け殻のような妻の寝床を、そっとそのままにしておくのだ。
虚しさが、とめどもなく溢れてくる。
もう、そんな希望などないと、分かっているのに。
黒瀬は、ふらふらと、部屋の中に入っていった。一瞬、背筋が凍るように冷たくなった。敷布団のくぼみの上に、黒い影の塊のようなものを見た気がしたのだ。
黒瀬が、さらに近づくと、黒い影がさっと、黒瀬の眼前を横切った。目で追うと、影が瞬間、妻の顔形を生み、唇がわずかに動いた。
ねえ、あなた、もう・・・・・・。
黒瀬は、耐え切れなくなって、影を握りつぶすように掴んだ。そのまま、布団に倒れ込むようにして、息を弾ませた。
言うんじゃない。おまえは、そんなことを、言ってはいけない。
黒瀬は、慟哭しながら、幻影を必死になって掴み潰そうとしていた。両手の中で、ぶつりぶつりと、何かが潰れていくような気がした。
それは、黒瀬の精神なのかもしれなかった。
布団の上は、冷たかった。少しは、妻の温もりが残っているものかと思ったが、そんなものはどこにもなかった。一年は、あらゆるものを少しずつ地獄に、変えてしまったのだ。緩やかな時間は、妻の体から少しずつ、力を奪い取っていった。やがて、指先すら動かせなくなるまで、容赦することなく。
筋委縮性側索硬化症—―。
不治の病という言葉は、二人から希望さえ奪い取ってしまった。
布団にうつぶせになった黒瀬は、呻くように泣いた。泣くことで、エネルギーを使い果たそうとでもするかのように。呻き、すすり泣き、右手で床をこれでもかと殴り、行き場のない感情に終止符を打とうとした。
やがて、疲れ切ったように、黒瀬は動かなくなり、そのまま沈み込むように妻の布団の上で眠りに落ちた。
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