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次に、その男の夢を見たのは、三日後のことだった。マジシャンかと見紛うような胴長のシルクハットをかぶり、昔のヨーロッパの貴族のようないで立ちをしている。自分の心が夢に生んだ想像物だとは、とうてい思えなかった。
黒瀬には、貴族になりたいなどと妄想した過去など、一度たりとてない。
いつか、映画でみた人物のカリカチュアが、心の奥底で動き出したのかもしれなかった。でも、なぜだろう。
男の右手にはまた、あのナイフが握られているのだ。それを、すっと、黒瀬の方へ差し出してくる。そうして、夢の中の黒瀬は、それがあたかも、決まりきった儀式でもあるかのように、ナイフを受け取るのだ。うやうやしく。
だが、その日、黒瀬は、そこで目覚めることはなかった。ナイフに視線を、しばらく落としたあと、思い出したように視線を上げると、男はもうその場所にはいなかった。黒瀬は、そのまま家に帰り、その刃の部分が異様に柔らかいナイフを、妻が愛用していた箪笥の抽斗にしまうと、さてどうしたものかと、辺りを見渡した。
ああ、もう妻の晴恵はいないんだな、と思い出した途端、目が覚めたのだった。
真夜中の暗闇の中で、黒瀬は空虚感を噛み締めながら、身じろぎ一つしなかった。右手には、男から渡されたあのナイフを持ったときの感触が、じんわりとした温もりとともに、残っていた。
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