第29話 妖精の姿は幻か②

「それは確かにおかしい。俺の記憶にある限り、聖女候補生の頃のマルガリータの血縁や縁者には大叔母上と関係が深い家は無かったはずだ。いや、でも待てよ」


 公爵が腕を組み、視線を宙に投げた。


「王子と婚約するには貴族である必要がある。形式的にではあるが、あの時マルガリータを養女として縁組をしたのはサルシド伯爵だ。彼ならあの日の夜会にも招待されていたな」


 私はあの夜見かけた少女の連れを思い浮かべた。後ろ姿だったので顔は分からなかったけれど、伯爵であると言われれば確かにそんな風にも見える気がする。サルシド伯爵はどんな感じだったっけ。前世で顔を見たことがあった気もするような、無かったような。名前こそ聞いたことがあったが、顔や風貌に関する記憶は定かではない。


「恰幅が良くて、貫禄がある白髪まじりの方でしょうか」


 そう尋ねると、公爵は渋い顔をする。

 分かっている。聞いた私も、なんともぼんやりとした抽象的な問いだと思った。でもそれ以上になんと表現して良いか分からない。夜会で見た後姿すら、今となっては本当に少女と連れ立っていたのかどうか。


「いい年をした貴族など、皆そんなような風貌だろう」

「マルガリータらしき少女を連れていたように見えた男性がそんな感じだったんです。もしかしたらその方がサルシド伯爵でしょうか」

「しかし彼女が養子縁組をしたのは、我々の前世の出来事だぞ? ということは今から五年は先のことだ」


 そう、そこだ。彼女が養女となったのは王子に見初められて王妃になるには身分が低いから、という切羽詰まった理由があったからだ。聖女候補生になる際に伯爵家の養女となってから修道院に入れば、始めから身分が低いという扱いにはならなかっただろう。実際、その方が聖女を育成する側としても都合がいい。寄付が見込める上、身分が高い娘が聖女に選ばれた方が箔が付く。


「当時、縁組先は貴族たちの会議で決められたはずだ。どうせ形式的なことだしな。王に忠誠を誓っている高齢の伯爵ということで、サルシド家に頼むことにした。彼の領地は王都にも近い。養女が王妃に立っても、皆が形式的な縁組だと知っているから権力に野心を持とうにも謀反を企もうとも、容易に明らかになるだろうと笑っていたな」


 公爵は記憶を辿っているのだろう。視線を宙に漂わせたまま、天井を仰いだ。


「マルガリータとの関係はその時まで無かったと記憶している。それなのに、今生で、しかも今頃の時期から関わりがあるというのは、にわかには信じられん……」


 確かにその縁組が成った経緯を知っている公爵にしてみればそうだろう。いや、私だってマルガリータが何かの陰謀に加担しているとかそういうのは信じたくない。

 今の教え子であるアメリアは天使のように純粋で聡明で可愛くて大切に育てたいと思っているが、聖女だった前世ではマルガリータに同じような気持ちを抱いていたのだ。自分の後継として無事に育ってくれるといいなと、あの時までははっきりそう思っていた。

 けれど公爵の記憶と私の記憶、照らし合わせてみるとどうにも彼女の存在が何かの鍵に見えてしまう。


「私も同じく信じたくはありません。ですが、ひょっとしたらということもございます。あと、そもそも私が見間違えていてあの少女がマルガリータではない可能性も否定できません。なんとかもう一度見つけて確かめたいところですが……」


 私がそう言うと、公爵は天井に向いていた顔を下げた。


「そうだな。君の時も、俺の時も、マルガリータという少女が深く関わっていることは間違いない」

「はい。そこは揺るぎないかと」

「今生の彼女が今どこにいるかははっきりしないが、君の目撃した少女が彼女であるかどうかを確認してみよう。違っていたなら違っていたで良し。もしその少女がマルガリータであったとして、何か知っている可能性は低いだろうが裏で糸を引いていた奴を釣り上げる助けになるかもしれん」


 私は大きく頷いた。


「今、あの子を見つけて保護できれば、王子に出会う可能性を低くできるかもしれません。聖女候補生になっているのであれば修道院に問い合わせれば良いのかもしれませんが、裏に誰かがいることを考慮するなら気取られないようにすることが重要でしょう」

「そうだな」

「マルガリータはまだ幼い子供です。前世での出来事に関わっていたとして、彼女自身が何かを画策したと考えるより、何かに巻き込まれたとか、脅されたとかという線の方が濃厚な気がします……」


 だとすれば、早く保護してあげなければいけない。でもどうやって確かめるかが問題だ。

 私はテーブルに置かれた茶器の底に残る、薄紅の雫を睨みつけた。

 修道院に慰問に行く? 公爵家からの寄付となると目立ってしまう。であれば男爵家からであれば、いやしかし私が聖女候補生とは何の関わりもない人生を送っているのに、いきなり寄付とかしたらおかしいか。

 サルシド伯爵家へ潜り込んで養女がいないかどうか見てくるという手もあるけれど、訪問する名目はどうするか。縁もゆかりもない男爵家の娘がおいそれと近寄れるところでもない。父に頼んでお使いという用事でも作ってもらうか、いやいや何故と聞かれたらどう答えたらいいか。いっそ家庭教師を雇わないかと言ってみるか。いやそれこそ怪しい。

 ううん、と鼻の奥から低い音が漏れる。


「……君は、お人好しと言われたことはないか?」

「ん?」


 不意に思考を妨げられ、私は思わず鼻にこもった声で応じてしまった。唸っていたついでに唇にも力が入っていたせいで、返事をするために口を開けなかったせいもある。

 しまったとは思うけれど今更仕方ない。公爵もそこには言及せず、ただ呆れたような目をしながら茶器に手を伸ばしていた。


「もう冷たいですよ」

「構わん。というか、本当に君はお人好しだな……。故意かどうかはともかく、君自身を陥れたようなものだぞ、マルガリータも、俺も。それに対して復讐するのではなく、助けようと考えているのか?」


 そりゃ、処刑されたのは嫌だし怖かったしもう二度と経験したくはない。 何故自分がこんな目に、と思った。私を陥れた奴がいるなら成敗してやりたいとも思う。けれど、恨むべきはそれを企んだ奴であり、利用された者たちは違う。そこに復讐をしたとしてもきっとすっきりはしないだろうし、そもそも現段階ではその企んだ奴すら私のことは知らないだろう。筋違いであるとこっちが糾弾されてしまう。


「前世の出来事で復讐なんて、非生産的ですよ。謝罪していただけるのであればそれは受け入れます。しかし生きているのは今のこの世界ですし、前世の知識で何かの事件を未然に防げるならそれで良し、子供が事件に巻き込まれているのであれば助けてあげるのが大人の仕事でしょう」


 それをお人好しと言われるならそれでもいい。キッパリと言い切ってやると、公爵は何かを納得したように頷いて茶を一気に煽った。


「それもそうだ。ではひとつ提案をしよう。もう一度大叔母上に夜会を開いてもらうんだ。方々の貴族に招待状を配れば、ひょっとすると君が見た紳士も釣れるかもしれない」

「なるほど、それはありですね」


 それならば私たちが直接関わりを持って探っていると気取られないかもしれない。


「もちろん君も俺のパートナーとして出席してもらうことになるが、そこに異存はないだろう?」

「……パートナー、ですか……」

「この間の夜会で大叔母上にも一応そう紹介している。対外的にもその方が君を守れると思うが……」


 だめだろうか、と公爵がわずかに自信なさげな表情を浮かべた。


「王家に近しい人の夜会だし、君を王子に会わせようとする奴がいないとも限らないし」

「の、割にはこの間は私のことを随分と放ったらかしにしてくださいましたけど」

「……その節は、大変に失礼を……おかげでしつこい縁談を煙に巻くことができて、その、助かりました……」


 ちくりと刺してやると、公爵は肩を縮めて小さくなった。前世のことをどうこう言うのは不毛だけれど、今生のことならば話は別なのだ。


「大叔母上も君と話すのは楽しかったといっていたし、もし釣果が無くても大叔母上とじっくり話せれば君も楽しめると思うがどうだろうか」


 それは魅力的だ。


「分かりました。それではお供いたします」

「よし、決まりだな」


 深夜、公爵邸の離れにあるリビングで顔を見合わせて頷きあう。

 どうやら私たちが処刑された事件の裏には、別の陰謀めいたものが見え隠れしていたことが分かった。

 記憶のすり合わせから作戦の合意に至った私たちは、それから今後の動きについて打ち合わせをすることにしたのだった。

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