第22話 熱持つ体とデリカシー①
華やかな伯爵夫人による夜会が終わり、なんとなくギクシャクした気持ちを抱えたまま公爵と別れ、離れの自室に戻った途端に私は熱を出してぶっ倒れてしまった。
薄曇りで気温も高くない夜に薄手のドレスでいたせいか、それとも慣れない環境による疲れか、はたまた知恵熱か。原因は分からないけれど翌朝目を覚ました時にはすっかり熱が上がりきっていて、体を起こすどころか枕から頭が上がらなくなっていたのだ。
朝食を運んでくれた給仕の侍女さんが見つけてくれなかったらどうなっていたことか。
運よく早い時間に見つけてもらい、すぐに医者が呼ばれ熱冷ましを処方されて寝込むこと三日のお昼前。ようやくベッドの上で体を起こすことができるようになったころ、部屋にアメリア付の侍女のソフィさんがやってきた。
手には一通の手紙を持っている。
「アメリア様が、こちらをエルネスタ先生へといってお書きになりました」
そういって渡された封筒には、数枚の便せんが入っていた。子どもらしいけれど綺麗にそろった文字で、私の具合を心配する旨や自習のつもりで歴史書を読むといった内容が書かれていた。
可愛いなぁと思うと同時に、三日も放っておいてしまったことに罪悪感が湧き上がる。ソフィさんは仕方ないですよと慰めてくれるけれど、大人として体調管理が出来ていなかったのは不甲斐ない。
「お医者様も原因が分からないとおっしゃっていましたし、エルネスタ先生もこちらのお屋敷でお休みもほとんどない状態でしたし、本当にお疲れなのだと思いますよ」
「とはいえ、こんなによくして頂いているのに情けないですよ。治ったら、お休み分をしっかり取り戻さなきゃ」
「無理は禁物です。私たちのような住み込みの使用人ですら、数日に一度はお休みを頂いていますよ。仕事というのは身体が資本ですからね。たまにはごゆっくりお休みください」
空気を入れ替えるからといって開け放った窓を閉めながら、ソフィさんが腰に手を当てて振り返った。
起きなくちゃという私に対して寝ていろ、ということだろう。少し年の離れた姉のようなソフィさんはきっちりとした釘を刺してくる。優しいけれど、有無を言わせぬ圧を感じて私は首を竦めた。
「あと、ご主人様も大層心配されていましたよ」
ソフィさんにとってのご主人様、つまり公爵の話題に不意を打たれた私は、思わず便せんを持つ指に力を込めてしまった。くしゃ、と紙の端っこにしわが寄る。
そういえば、ギクシャクしながら夜会から帰って一度も顔を合わせていないことを思い出す。あのデリカシーのない公爵が? という気持ちが表情に出ていたのか、ソフィさんが困ったような笑顔を浮かべた。
「先生が倒れたとお知らせした途端にお医者様を手配されたのもご主人様ですし、そのあとすぐに滋養に良いと言われる食材をたくさん買い付けたりして」
「そ、そうですか……」
「本当は毎日お部屋にお見舞いしたかったようですけれど、そこは万が一何かの感染症でしたら大事ですし、それに寝込んでいる若い女性のお部屋にいくなど大変失礼になると執事のグラッドさんにかなり厳しく叱られていたんですよ」
「それは、確かに叱られますね」
そういえばコルティス伯爵夫人にも叱られていたっけ。夜会で慣れない私のエスコートを満足にせず放置していたことを思い出した。
伯爵夫人に対して口うるさい大叔母君という認識だったようだけれど、執事さんが叱った事といい、普段から公爵自身が無自覚にお坊ちゃんな行動をしているだけなのではないだろうか。
なんだか腹を立てるのすら馬鹿馬鹿しい気がしてきた。
しかし何度も感じるこの違和感はなんだろう。前世で見た彼は、もうちょっと年を重ねていたとはいえもっと冷静で隙がなかったような気がする。
でも前世では、王子の側にやって来て仕事の話をしている部分しか知らない。それ以外の時にどんな顔をしていたかなど知らないのだから、違和感を持つ方がおかしいのかもしれない。
公爵の屋敷に来てから、彼の振る舞いには戸惑わされることばかりだ。あまり必要ないかもといって履修しなかった心理学だけれど、今になってみれば多少でも齧っておけばよかった。
「今日はまた朝からお仕事で王宮へお出かけになりましたが、目が覚めたらなにか食べたいものなどはないかしっかり聞いてお世話するようにと言付かっております。季節の果物や食べやすいスープはすぐにお持ちできますよ」
「……お気遣い、ありがたいことですね」
多分、公爵は悪い人ではないのだろう。きっと。
アメリアに付けている侍女のソフィさんは、公爵にとっては信頼できる使用人のはずで、その人に私の世話を頼むあたりも配慮を感じる。
でもどうしても前世の彼と異なりすぎる今生の彼に違和感が拭えない。ちぐはぐな行動に理解が付いていかなくて、私は頭を抱えた。
「せ、先生、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……いえ、具合が悪くなったとかそういうのではないので……」
「無理しちゃだめですよ。お加減が良くないなら、もう少し横になっていてください」
「ちょっと考え事していて。まとまらなくて頭が痛くなっただけなので大丈夫……」
「ほらまた無理をしようとしているし!」
もののたとえのつもりで言ったことだったけれど、本当に頭痛と捉えられてしまったらしい。慌てたようにソフィさんは私をベッドに押し込み、ぎゅうぎゅうと毛布を首までかけてくれた。
実際まだ本調子ではないのだろう。あたたかい毛布に包まれ横になった途端に、身体がほっと弛緩したのが分かった。眠れるときに眠っておくのはいいのかもしれない。ここのところ、体だけでなく頭もやっぱり相当疲れているんだろう。
「スープと冷たいりんごでもお持ちしますね。一休みなさっていてください」
そういってソフィさんはカーテンをしめ、部屋を出て行ってしまった。
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