沢城さん
「――――そうですか」
父さんがなくなったこと、父の遺書でここの存在を知ったこと。
「...冷静だね」
今までに起きたことを沢城さんに告げると、少し驚いたような様子を見せたが、すぐに落ち着いたようでそう呟いた。
仕えていた主人が亡くなる、もう少し驚いても無理はないだろう。
だが沢城さんはもう普通の表情に戻り、きれいな立ち姿勢をしていた。
私の困惑を察したのか
「いいメイドは常に冷静沈着で物事に動じず、最大のもてなしをすると本に書いてありました」
とても丁寧な口調でお気遣いありがとうございます、と。
ここに一人で住んでいると聞いたとき、何かしら問題を起こしたから...と不安になっていたがどうやらそういうわけでもないらしい。
問題を起こすような子には見えない。少なくとも私はそう思う。
父さんは何を考えていたのだろう。
いろいろ不審な点は多い。だがいずれわかるだろう。
「とりあえず今日から君の主人は私になるわけで」
無表情に近く冷たい雰囲気の沢城さんに、主人として、責任を持つ者として。笑いかけるように明るく――
「よろしくね、沢城さん」
「はい、よろしくお願いします。旦那様」
*
沢城さん――本名沢城 六花 16歳
ひとりでここに住む女の子。
沢城さんのメイド服は白と黒を基調としていてところどころに水色の線が入っている。
スカートは2重で左側は大きく切れ、チェック柄の下地。
私より身長は少し小さく、歳も2つ下だがそれを感じさせないほど大人な雰囲気を出していた。
そんな沢城さんと私の間には
「「...」」
今すごく気まずい空気が流れていた―――
気まずい。さっきの雰囲気から一変して無言の時間が続く。
というのもどこか私に冷たい。
「沢城さんって趣味は」
「特にこれといったものはありませんね」
「...好きな食べ物とか..」
「特には...」
すごく冷たい。
会話を試みるがどれも有効打にはならず。一言で片付けられてしまう。
特にないって興味のない人に使う言葉じゃないか...。
出会ってすぐというのもあるだろうがそれでも凹むし正直泣きそう。
この気まずい空間をどう打破すればいいか悩んでいると
「今日は泊まっていかれるんですか」
と、今度は沢城さんから話しかけられた。
「ん?そうだね~」
今日からここに住むし、この家の間取りを確認しておかないといけない。
「えっ」
驚きの表情をする沢城さん。泊まることは予想していたがここで暮らすことを予想していなかったような。
「だめだった?」
我に返った沢城さんは、いえ...と言い言葉をつまらせる。
今まで一人でここで暮らしていたことを考えると無理もない。いや一人で暮らしていたことのほうが普通じゃないんだが...。
何かを考え込んでいる様子。
あたりを見回す。貴族の家は広く、洋風なものが多い。ここも例に漏れず洋風な作りをしている。
毎日掃除をしているのか、ホコリを被っているものは無い。
一人でここに住んでいるんだよな...。
「どうして父さんはここに沢城さんひとりで住まわせているんだろうね」
ずっと疑問に思っていることをぼそっと言う。
「...どうしてでしょうね」
しばらくの沈黙の後そんな回答が返ってきた。振り返ると考え込んでいたはずの沢城さんは掃除道具を片付けて一つの箱にしまっている。
「...父さんと何かあったの」
含みのあるような言い方に引っ掛かりそんな質問をする。
「特に何もありません」
今度は強めの口調で静かに即答される。
聞いてはいけなかった――
察しの良いわけではない私でもそう感じるほど言葉が重かった。
どうしよう!私への第一印象が最悪になってしまった。
どうすればいいのかわからず口ごもっていると沢城さんは続けて
「旦那様のお部屋の用意が出来ていないのでしばらくここでお待ちください」
口調は戻っているがトーンは変わらず低い声。
片付け終えた沢城さんは掃除道具を持って階段をのぼっていく。
その後姿を眺めながら、何をしたんだよ父さん...と心の中で父さんを恨んだ。
*
私の部屋になる予定の部屋に、そこを片付けてくれた沢城さん。
「本当に一人でここに住んでいたのかい?」
はい、と言いながらうなずく沢城さん。
掃除が得意なのだろうか、案内された部屋はホテルのように綺麗で誰かが生活していたことを感じさせないほどだった。
「この家で一番大きなお部屋になります」
一番大きいにもかかわらず...だ。
「ありがとう。これで明日から仕事ができるよ」
父さんが亡くなったことで始まる公務員生活。
待雪さんが管理を申し出てくれたとはいえ、私もやらないといけない管理はある。
手順書があるとはいえうまくできるだろうか...。
一抹の不安。
を、一瞬感じたがまぁ明日の私がどうにかしてくれるだろう。
明日のことは明日の私に任せることにし、時計を見る。
『ぐー』
後ろからそんな音が聞こえたからだ。時刻は14時43分。お昼をちょっと過ぎた頃。
「遅めのお昼にしようか」
恥ずかしそうにうつむいている沢城さんが、よほどお腹が空いていたのか、お昼にすると聞いて心なしか嬉しそうに見える。
けどすぐに困ったような顔をして
「ちょうど食材を切らしているのですぐに準備ができません」と。
今日が買い出しのタイミングだったらしい。
なら買い出しついでにごはんを食べに行こうと誘う。表情が明るくなった。
さっきの冷たい雰囲気はどこかへ行ってしまったようだ。
*
「なんというか、あんまり面白味のない買い物カゴだね」
「食材に面白さなんて必要はないと思うのですが...」
ごはん処でごはんを食べ、帰りに寄ったスーパー。普段どんなものを食べているのか気になったこともあり、普段の買い物風景を沢城さんの後ろから見ていた。
けど買い物かごに入る食材を見てそんなことを思わず言ってしまう。
普通の豚肉に普通のきゃべつ、普通の人参、普通の豆腐。
ナスはやはりこの時期高めですね...と、とても貴族のメイドからは聞けないようなセリフ。
高いことがステータスというわけでもないがあまりにも意外すぎた。
「豚肉と野菜炒めしかできない気がする」
その投げかけに返答はない。無言の肯定ということだろうか。
「冬といえば鍋とかシチュー、作らないの?」
「私が一人で暮らしていたときは年中問わず野菜炒めでした」
マジですか...
どんどん買い物カゴに投入されるきゃべつと人参が嘘を言っているようには思えなかった。
「それに、同じごはんも悪くないですよ、毎日お野菜を食べてお肉も食べるんです。健康にも問題ないはずですよ」
と続けて沢城さんは言う。
確かに毎日野菜炒めならジャンクフードを食べるよりは健康的だとは思う。
沢城さんの毎日の食生活を十分に理解した。したことでこのままでは私も更に健康になってしまうと危機感を覚える。
毎日野菜炒めか...
ふと頭に疑問がよぎる。
「...もしかして料理苦手?」
私の問いかけに手がピタリと止まる。
......苦手なのか。
数センチだけ頭が上下に動いたのがわかった。
毎日野菜炒めを作っていたから他の料理が出来ないのか、単純に料理が苦手で野菜炒めばかり作っていたのか。
鶏が先か、卵が先かのような状態になっている。
いまだ固まった状態の沢城さんの買い物かごに私は後ろから白菜と鶏肉を入れた。
「えっ!?」
という声とともに我に返る沢城さん。料理は苦手と言ったのに、ということだろうか。
「ごはんと食卓は美味しく楽しくないとね。私も手伝うからさ、他の料理も試してみない?...それに」
二人で食べる冬の鍋は美味しいからね。
「...ですね。そうしましょうか」
目の前の野菜を見ながら沢城さんは初めて私の前で微笑んだ。
『ちょっと、取ったなら早くどいてちょうだい』
そしていい雰囲気と微笑みは後ろに並んでいたおばちゃんの声で消えてしまった―――
「「す、すみません...!」」
「重いですね...」
「手が千切れそう」
時刻は夕方。そして調子に乗って色々買った二人は帰路で3つ分の買い物袋で音を上げている。
家まではまだ少し距離がある。
普段買い物をしているという沢城さんも今回の買い出しは重かったようで、両手で一つの袋を持って薄暗い道を歩いている。
「どうしてここで暮らすことにしたのですか」
本邸には使用人がたくさんいるのではと、少し息の上がったような声で聞かれる。
「...なんでだろうね。多分慣れてないんだと思う」
「慣れていない?」と疑問形の沢城さん。
「もともと私は本邸で暮らしていたわけじゃなかったからさ。何でもしてくれる生活も悪くないとは思うけど貴族みたいな生活は慣れないと思ったんだよ」
父さんの遺言もあるがそれは口に出さなかった。沢城さんと父さんの間に何があるのかわかっていない以上口に出せない。
「変わったお方ですね」
「一人で暮していた沢城さんも大概変わってるよ」
朝と比べて軽口を叩けるくらいには会話ができるようになっていることを嬉しく思ってしまう。
それに
「私は楽しく暮らしたいからさ。変わってる主人と変わってるメイド。楽しそうじゃん」
管理の仕事があるとはいえずっと書類を書く生活なんてごめんだ。本邸から出ていった本来の理由を思い出す。
自分でも貴族に向いていないなと思う。
「...わたしも」
と言い空を見上げる沢城さん。
「こういう生活は悪くないかもしれません」
日は落ちかけ、薄暗くてよく見えなかったが沢城さんは二度目の笑顔を見せてくれた。
実はよく笑うタイプだったりするのかな。
「...改めてよろしくね、沢城さん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
出会って初日。気まずい雰囲気のときはどうなるかと思ったが、その心配は嘘のように消え去った――
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毎週 金曜日 19:00 予定は変更される可能性があります
しゃろうえって さわらつき @sawaratsuki
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