しゃろうえって
さわらつき
1章
主人
――父さんが死んだ。そんな内容の手紙が届いた。
あまりに唐突なことに頭が一瞬真っ白になったが、すぐに1週間ほど休みをもらい実家に帰る。
急いでまとめた荷物はあまりきれいな入れ方になっていなかったが、それに気を取られる余裕はなかった。
電車に乗り、ようやく冷静になった。
椅子に腰掛け、窓の外を見る。
父さんがどんな人だったか…8年前の記憶をぼんやりと思い出す。
特に悲しいという気持ちは無い。父の性格上多く話すような人ではなかったし、そこまで仲が良かったというわけでもなかった。
しかし悪い父親だったということはなく、むしろ良い父親だった。
一緒に遊んだ記憶が...昔の私の記憶がそれを証明している。
どれくらい経っただろうか。長かった電車旅が終わり、次の到着駅のアナウンスが入る。
荷物をまとめ電車を降り、駅のホームに立った。
ホームには人が多い訳では無いが、少ないわけでもなかった。
私はその中を歩き、改札を出る。
―秋が終われば冬が来る。曇り空はどこまでも曇り空で終わりを見せようとしない。
この雲が冬を連れてくるのだろう。
久々の肌寒い空気を感じながら、懐かしい実家に足を運んだ―――
*
「で、なーんでこんなに遺品があるんだ」
家について早々に父さんの部屋に入った私はそんな独り言をぼやきながら父さんの私物の多さに呆れてしまう。
ほかの部屋はすべてこの家の使用人が片付けてくれたようで、残りの整理はこの部屋だけだそう。
先代様の遺言でこの部屋の整理は旦那様に・・・とのことで、と使用人が言う。
「ありがとう、ここは私がやるからもう休んでいいよ。お疲れ様」
「では...」
と軽く会釈したのち廊下に出て行った。
誰もいなくなった部屋を見渡し、どこから片付けようか悩む。
書斎のような部屋は、沢山の荷物で溢れていた。
棚に机によくわからない本。なんだこれどうなってるんだ。
...まあどこからやっても変わらないだろうし近くの本棚から片付けることにしよう。
『100%上手くいく貴族外交の仕方』『正しいマナーでの会食方法20選 貴族編』『使用人に毒見をさせずに毒を判別する方法!料理別!』
片付けを始めて早々、そんな本が目に留まる。
どういう気持ちでこの本を買ったのか。聞くために生き返ってくれないだろうか。
まさかこれが使用人にばれたくなくて遺言で掃除を頼んだのだったらとんでもないな。ここまで来るのに片道4時間だぞ
...父さんらしいといえば父さんらしいが。
貴族――
かなり昔からこの国を支えた一族。今も根強く残っているようで、各地方に点々と存在する。
権力をふるい、華やかで毎日パーティーを今もしている..........ということはなく、ある日を境にそういったことはなくなってしまったらしい。
昔は夢のような生活をしていたらしいが、今は各地方の管理を自治体と一緒に任されるので生まれた瞬間から将来の夢が公務員になる。
保有する土地が広くて税金が他より緩くてお金がちょっとあるだけ...そんなにいいものではない。
私はそんな貴族の生活が嫌で、せめて父さんが生きているうちは自由にさせてくれと頼み、ひとりで家を出た。
自治管理を任されていた父さんの部屋からは仕事の書類もたくさん出てくる。
まさかだけどこの引継ぎを私にさせるつもりじゃないだろうな...
そんな思いが天に届いたのか、
『死亡後の引継ぎと土地関係の書類の提出方法 父より』
というファイルが手に持った書類に紛れていた――!
父さんは意外と陽気な人だったのかもしれない。
『父がお前に隠していたこと』
『父さんの秘蔵のコレクションの金庫の開け方』
『父さんが――』
掃除するごとにたくさんの手紙が出てくる。
「こんなにたくさん隠す暇があったらもっと掃除しておいてほしかったんだけどな」
愚痴を言いながらすべてのファイルに目を通す。どれも普段の父さんからは感じられないほど筆が乗った文だった。
全部一つにまとめてくれればいいのに、小分けにしているのは遊び心だろうか。
私のことを気にかけてくれているようで内心嬉しく思いつつ、別の机の引き出しから次のファイルを取り出す。
かさばった紙を整え、ぱらぱらと軽くめくっていく。
その中に一つだけ異様に質感の良い紙があった。
触った瞬間にわかるその質感は、この家の中では一番高級なものを感じさせる。
『別邸』
そう書かれていた。不思議に思いながらその紙を見る。
凄まじい量の文章が書かれていた――
「別邸...か」
読み終えた私はその紙を机の上に置いて考え込む。
どうやらこの家の他にもう一つ家があるらしい。
父さんが隠していたのか、私はそんなものがあることを一度も聞かされてこなかった。
紙には自分に何かあったときは私に別邸の管理を任せると書かれていた。そしてそこには既に住んでいる使用人がいるとも書かれていた。
「別邸の管理って言ってもなぁ」
私はそうつぶやきながらその紙を折り畳む。
他ならぬ父さんの最後の遺言だ。行くしかないだろうな...。
他には父さんの私物で特に変わったものはなく、あと残ったのは机のパソコンだけとなった。
パスワードを知らない私はこの中身を見るのを諦め、他の要らなくなったものをまとめて父さんの遺品は別に保管する。
中身が気になった。だがもしかしたらパソコンの中には私に見せたくないものがあるのかもしれないから...私だって男だし。そういう理解はあるのさ。
私の配慮にきっと天国の父さんも喜んでいるだろう。
あらかた片付けを終えるともう外は夜。長い一日が終わろうとしていた。
使用人が夕食の支度をしてくれたようで、明日以降のことを考えながら部屋をあとにする。
「――つまり私はこの地方を管理しなくていいってこと?」
「ええ。この家とつながりのある、昔から付き合いの長い待雪様が先代様の死を悲しみ、ここら一体の管理をしたいと申し出たためです。」
待雪、父さんいわく昔からの友人だと言っていたが、私はそこまで接点があったわけではない。
「管理をしてくれるのはありがたいな。父さんと付き合いがあるならそこまで心配ないだろうし」
「ですので旦那様は今まで通り生活していただいて構いません」
「そっか」
このままの生活を続けられるのは嬉しい。いつか待雪さんに挨拶をしに行こうと思う。
「ただこの家の管理だけは旦那様がお願いされているので、時々顔を出していただければと思います」
「そうだね、私が居ない間はあんたに任せるよ」
「かしこまりました」
頼られてどこか嬉しそうな使用人は、声に嬉しさが滲んでいた。
「明日、ここを出るよ」
かしこまりました、といつもより2割増の頼もしい声。
荷物を広げずにしておいてよかったな、と思いながら父の好きだったハンバーグを口にした―――
*
翌日
「さて」
メモを頼りに家からそう遠くなかった別邸は、立派な家だった。
遠くなかったと言っても片道2時間の距離ではあるが。
「こんな家があるなら言ってくれても良かったのに」
朝のひんやりした空気。冬は近い。
『別邸』にかかれていた通りなら...
昨日それとなく別邸の話をしてみたが使用人の誰一人としてその存在を知らない。
父さんが隠していたということは何かしら理由があるのだろう。
門の前には誰も居ない。とても人が生活をしているとは思えない光景だ。
鍵を開け、庭に踏み入る。
と思えば庭は綺麗に掃除がされている。確実に誰かがいるということだ。
そのまま真っすぐ抜け、玄関の前に立つ。少し緊張した手で、鍵穴に鍵を差し込む。
「...」
そっとドアを開けると、開けた空間が広がる。
本邸よりも広く、綺麗だった。
突然ドアが開いたことで固まる一人の女の子。
掃除の途中だったのか、掃除道具を持っている。
白髪で、長い髪の毛。スラッとした容姿の、メイド服に身を包んだその女の子は私を見るなり驚いたような表情を浮かべる。
父さんが言っていた使用人。
―固まった空気を壊すように、軽い咳払いをする。
「こんにちは、はじめましてかな。沢城さん」
沢城さん、ここに一人で住む使用人。『別邸』に記された通りに。
軽く挨拶をすると、
どうして私の名前を知っているのかというような、不思議そうな表情を沢城さんは浮かべた。
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