リベール王国の暴動
リアーナの朗唱魔法には、秘密がある。この力は元々リアーナには備わっていたものではなく、書庫を継承するときに受け取った力だった。
言葉にしたことが現実になるその言葉。使い道によっては国一つを滅ぼしかねない。
彼女の体内の魔力は多いが、どうやらこの特別な力を使うには少ないようだ。モシュネ曰く、前番人はこの力を使いこなしていたそうだが、一体どれほどの魔力が体内に宿っていたのだろうか、リアーナは知る由もないが。
✴︎ ✴︎ ✴︎
夜中、けたたましいサイレンの音に、リアーナは飛び起きる。足元で丸まって寝ている白と黒の猫を起こさないように、魔法で制服に着替えて出口まで転移する。玄関を開ければ、時計塔の中へとたどり着く。そこを下って降りると、地獄のような世界が広がっていた。
「おい!やめてくれ!そいつだけは殺さないでくれ!」
人間を攻撃する亡霊に、建物を壊す亡霊。
人々の悲鳴と亡霊の呻き声が混ざり、リアーナの足は一瞬立ちすくむ。
どうする。どうすればいい。リアーナはかつてないほどの混乱ぶりに頭が回らない。
「リアーナ!」
「父さま!母さま!」
時計塔から出てきた父と母に、リアーナはほんの少し落ち着きを取り戻す。この混乱ぶりに、モシュネとエドゥアルトの雰囲気もとても鋭かった。
「リアーナ。まずは敵の注意をこちらに向けたいの。貴女の朗唱魔法の力を借りてもいいかしら?」
モシュネにそう言われ、リアーナは上に杖を掲げて全身に纏う魔力という魔力を喉元のあたりに集中させる。そしてそれを大きく膨張させるイメージを強く持つ。
「集まれ」
そしてそれを言葉と魔力を大きく混ぜ合わせる。恐竜が火を吹くように、混ぜた言葉と魔力を思い切り吐き出す。
リアーナが呪文を吐いた瞬間、人々に襲いかかっていた亡霊達が一斉にリアーナ達の元へ集まりだす。
だが、思ったよりも亡霊達の範囲が広く、朗唱魔法の範囲が広がってしまった為想像以上の魔力を食ってしまった。リアーナはどさりと地面に崩れ落ちそうになった瞬間、モシュネとエドゥアルトの注意が一瞬逸れる。だがどちらも集まってきた亡霊に手が塞がっている。
だが、リアーナの両腕を誰かに掴まれ、地面に顔をつけなくて済んだ。朦朧とした意識の中でリアーナは左右をチラリと見る。
「リアーナ!大丈夫かい!?」
「ここから一度避難しましょう」
それは飛んできたであろうシルフとリーヴァがそこにはいた。リアーナの左腕をリーヴァが、右腕をシルフが掴んでいて、飛んでいる2人は一度地面に降り、シルフがリアーナを型に担ぐ。リアーナはそれに大人しく従い、右半身をシルフに預ける。
「僕は街の人々を避難させるよ。シルフはリアーナを休ませて、戦闘に復帰してくれ」
「わかったわ」
そう言って、シルフはポケットから小瓶を出して月光の粉をリアーナの頭にパラパラと振りかける。すると、リアーナの身体も宙に浮かぶ。シルフも地面を蹴り、リアーナを建物の影へと連れていく。
「ごめんね、シルフ」
リアーナはもう自分が情けなくて仕方なかった。
モシュネとエドゥアルトも、リーヴァもシルフも闘っているのに、自分だけあんな一言の魔法でほとんど魔力が力尽きてしまうなんて。
「どうしたの?貴女の魔法のおかげで私達は亡霊に集中できるし、村の人を避難させられるのよ」
シルフとリーヴァ、そしてエドゥアルトもモシュネも、リアーナのことを解っている。けれども娘の安全を優先するモシュネとエドゥアルトに、友人の気持ちをなるたけ優先してあげたい シルフとリーヴァ。
シルフはリアーナが今すぐに戦いに出たい事が手に取るようにわかっていた。だから、これはほんの優しさだ。ポケットから別の小瓶を取り出し、リアーナに手渡す。
「魔力増幅薬と体力増幅薬のミックスよ。薄めであるから効果は期待できないかもしれないわ。5分休憩してから飲む事。それが守れるのなら、飲んでもいいわよ」
リアーナはパッと顔を上げる。シルフは天女のような微笑みを浮かべていた。仕方なさそうにリアーナの頭を撫でて、制服の片側についているマントを翻して、亡霊達の渦へと飛び込んでいった。すぐに水の魔法が撃たれる音がしたので、おそらくもう彼女は戦いに集中しているのだろう。
「あら、随分と満身創痍なんじゃない?」
「……え?アリオス?それにピューレ?」
そこにいたのは、寝巻き姿のままのアリオスに抱えられたピューレと黒猫だった。
(ピューレ、アリオスを止めてくれなかったの!?)
リアーナは飛び降りたピューレを腕に抱く。すると、肩まで登ってきたピューレが小声で状況を伝えてきた。
「アリオスを止めようと裾を引っ張ったけどダメだったわ。ついでに黒猫のおまけ付き」
「えぇ……」
「戦いに出たら、私が援護するわ。だから貴女は惜しみなく攻撃に励みなさい」
リアーナは会話がバレないように小さく頷く。
そろそろ5分経つ頃だ。リアーナは小瓶のコルクを取り、それをグッと飲み込む。シルフの作る魔法薬は口当たりが良く飲みやすい。そのおかげが、心なしか効果以上の効き目がある気がする。
「アリオス、それじゃあ行ってくる。駆けつけてくれてありがとう」
「アタシも行くわ」
「いい!」
リアーナは焦りが勝ってしまい、アリオスに若干の苛立ちを覚える。今ここで、アリオスと小競り合いをしている時間があるなら、1秒でも早く戦っている両親と仲間の元に行きたい。
「危なくなったら迷いなく引けるなら。いいね?」
「もちろん。迷惑はかけないわ」
そして、リアーナは走ってシルフ達の元へ向かう。モシュネもエドゥアルトもリアーナの数倍もの魔力を保有しているし長く戦っていることを知っているから、2人の元を通り過ぎて、騎士団の2人がいるところに向かった。
「シルフ!リーヴァ!」
「リアーナ!!」
街の人々を避難させて、戦闘に復帰しているリーヴァとモシュネ。学級王国で騎士団に任命されているとはいえ2人では、やはり亡霊を抑えるのは難しいようで、所々に傷を作っていた。
リアーナは弱っている亡霊に風の刃を突き刺し、それを本に戻していく。戻しても戻しても泉のように湧いてくる亡霊をひたすらに弱らせていく。
「あああ!」
攻撃を受けて倒れているシルフの元に、ある亡霊が爪を突き立てて引っ掻こうとしている。
「シルフ!!逃げて!!」
リアーナの叫び声にハッとしたリーヴァが背にシルフを庇う様に抱え込む。リアーナも目の前にいる亡霊にトドメを刺し、シルフ達に襲いかかろうとしている亡霊に魔法を打ち込もうとするが、狙いが定まらない。
(間に合わない!)
その時、何者かがシルフ達と亡霊の間に立はばかり、火の魔法を亡霊に叩き込む。形が定まっていない弾けた魔法は、最近リアーナがよく目にする魔法だった。
「アリオス!?」
「気を取られないで!早く封印なさい!」
リアーナは留めを刺された亡霊を急いで本に戻す。
そして、ほんの少し静かになったかと思えば、今度はモシュネとエドゥアルトの方に亡霊が集中していた。
騎士団3人は息を切らせていたが、その間もモシュネとエドゥアルトは戦い続けている。
「応戦しよう!」
リーヴァは自身の性格を体現した様にまっすぐで細いツエをぎゅっと握り直し、立ち上がった。そして、リアーナとリーヴァはシルフに手を差し伸べ、杖を持っている方の手でリアーナの杖を、そうじゃない方の手でリーヴァの手を取った。
リアーナはシルフとリーヴァを先に行かせて、アリオスの方を振り返った。
「アリオス、わたしは今からあの渦にいきます。あなたはどうしましょう?」
「じゃあ、ご一緒させて貰おうかしら。あなたの援護は任せてちょうだい」
リアーナ頷いて走りだすのに続いて、アリオスも駆け出した。
リアーナはひたすらに敵に突っ込んで行くのを、攻撃全般をアリオスが保護魔法で攻撃を弾く。中心部にいるモシュネとエドゥアルトはどんどん亡霊との距離を詰められている為、早く道を切り開いていく必要があるだろう。
どんどんリアーナは亡霊を弱らせて封印していく。先にシルフとリーヴァが一掃してくれているおかげで幾分か負担は少ない。
「母さま!父さま!」
「リアーナ!騎士団の皆さんに、アリオスも。ありがとう、助かったわ」
「ええ、本当に感謝しかありません。……ですが、キリがないですね」
キリがないとは言えど、残り15体ほどだろうか。だが、モシュネとエドゥアルトはひっきりなしで戦っていた為、騎士団やアリオスに比べ、もう体力的にも魔力的にも限界だった。
「リアーナ、まだいけるかしら?」
「もちろんだよ。アリオス」
息を切らしているリアーナに、アリオスが意を決したように問いかける。それに彼女は迷いなく応じた。
そこに、今度はアリオスが一歩前に出て、残りの亡霊達にどんどん魔力を叩き込み一掃していく。
リアーナは彼の魔法を甘くみていたのかもしれない。
リアーナと魔法の練習をしていた時とははるかに違い、洗礼された無駄のない魔法の使い方。確かに少し魔法の核はあやふやだが、結果として全体で見る形は綺麗だった。
本に戻しながら、リアーナは目を見張った。彼女は綺麗な魔法を見るのが好きだったから。
「リアーナ!最後の一体よ!」
「うぅわかった!」
なんとも情けない声で返事をするリアーナ、最後の亡霊を火花を散らし一掃したアリオスは、リアーナに仕上げをバトンパスした。それを封印したリアーナは、どさりと床に座り込んだと同時に夜が明けた。
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