嵐の前の騒がしさ


 リアーナは学級王国から帰宅する途中にアリオスと待ち合わせをして歩いていた。こうしてアリオスと一ヶ月程関わり、リアーナはわかったことがある。

 アリオスはリベルテ学級王国の2個上の先輩、つまり最上級生であること。父母アリオスの3人家族ということ。性格は少しめんどくさくて、誰にでもいい顔をしているが、いざ蓋を開けたら捻くれた猫のようだった。彼の特性なんだろう。リアーナは彼といると、ほんの少しだけ気疲れしてしまう。

 今だって彼は、後ろで結った柔らかい髪を揺らし、伸びた背筋を揺らしながらリアーナの横を歩いている。


「ねぇ、やっぱり助手の件はまだ考えられない?」


「模擬戦に勝てたら考えるかもってだけだから、あんまり期待しないでください」


 実際、アリオスの魔法のセンスはピカイチだった。だが、魔法の制度が粗いのだ。とにかく粗すぎる。彼の魔法は正確で、的確に場所をついてくるが魔法の根となる小さな塊が、一般的にはぎゅっと丸めた雪玉のようだがアリオスの根はサラサラな雪のようだ。だからどんなに正確に魔法を打っても、形にならない。だから今は基礎魔法を固めている最中だった。


「ん、ねぇリアーナあれ、何?」


「ふぎゃ!?三つ編みを引っ張らないで!」


 突然リアーナは横にいたはずのアリオスに三つ編みを思い切り引っ張られて悶絶した。頭を抑えながらそう言われて道端をみると、そこには黒いモヤを纏った猫型の亡霊がいた。人に危害を与えるような雰囲気は感じられない。


「ん!?なんで臨戦体勢なのアリオス!?」


「逆にどうしてアンタは杖を構えないのかしら」


 リアーナはその質問には答えずに、猫の亡霊に近寄ってみる。猫はシャァっと威嚇して後ずさるが、リアーナは少し離れたところで腰を下ろし、手を差し伸べた。

 すると、猫の亡霊は恐る恐る近いて、リアーナの手にすりすりと頬擦りをする。すると、亡霊の周りの黒い靄がとれ、綺麗な黒猫へと姿を変えた。


「わ、綺麗な瞳。アリオスみて。毛並みが少し乱れてる」


「そうね。早く本に、」


「連れて帰って綺麗にしてあげよう!」


「はぁ?!」


 書庫について小一時間も経った頃、アリオスは非常に不貞腐れながら杖を使ってものを浮かせていた。いつもならリアーナにあれやこれや構ってもらっている時間だが、猫にかかりっきりだ。


 (もう!せっかく休憩に食べようとクッキーまで持ってきたのに!)


 そう、実はアリオス、リアーナに食べてもらおうとチョコチップがごろごろと入ったクッキーを手作りして持参したのだ。いつも砂糖の塊を休憩中にボリボリ食べているのをみて、流石にもうちょっと糖分補給を充実させてやりたかったのだ。


「……あら?」


 リアーナが猫にミルクをあげているのを横目で眺めていると、ふと窓際に真っ白い何かが見えた。

 青白く美しい猫がそこにはいた。猫はリアーナ達のことをじっと見つめて、アリオスには見向きもしない。


「リアーナ、書庫に猫なんていた?」


「えぇ?目の前にいるじゃない」


「違うわよ!窓際!」


 リアーナのぽんこつが発動した後、アリオスが鋭くツッコむ。そしてリアーナは驚いたように声を上げた。


「えぇ!?ピューレ!?あ、ごめんなさいアリオス。この子はピューレっていうの。いつもは気まぐれで私の部屋にいたんですけど……」


「へぇ、そうなの?早く教えてくれればよかったのに」


 猫はニャアっと鳴くと窓際から軽々しく飛び降りて、リアーナの横に走り寄っていく。ピューレは床に膝をつき黒猫の様子を見ている彼女の横にピタリとくっつき、黒猫を凝視している。


「ピューレ。この黒猫さんと遊んでいられる?」


「みゃあ」


 ✴︎✴︎✴︎


 猫の世話をしている間に随分と時間を食ってしまったようで、今日は魔法を教える時間がない事を悟ったリアーナは申し訳なさそうにアリオスに謝罪した。アリオス的には少しがっかりだが、こういう日がたまにはあってもいいだろうと、今は2人でクッキーを食べている。


「んわ!美味しいよこれ。アリオスとっても料理が上手なのね」


「それほどでもないわ。料理は昔から好きなの」


「それ、凄い羨ましい」


 そう、実はリアーナは料理が苦手だ。作っても食べられなくないが、なんだか少し味が違う。何度か料理を振る舞ったことがあるモシュネとエドゥアルトは美味しいと言ってくれるが、2人の作る料理に比べたら全然だ。


「もしよければ、今日夕飯も振る舞いましょうか?」


「え?でも帰り……」


 アリオスはなんて事ないように首を振り、リアーナの言葉に食い気味に返事をした。


「大丈夫。今日は母の帰りが遅い日だから。それにいつも魔法を教えて貰っているのだもの。だから気にしないで、お礼とでも思ってちょうだい」


「えぇ、でも」


 それでも遠慮するリアーナに、アリオスはほんの少し強引に詰め寄り、片手を腰にあて、逆の手の人差し指でリアーナを指差差す。


 (か、顔が近い!)


 リアーナは押し負けたのか、顔の前に両手で壁を作り目を逸らしながらしおらしく降参した。


「じゃ、じゃあありがたくお願いします」


「よろしい。腕にヨリをかけさせてもらうわ」


 ✴︎✴︎✴︎


 結果から言うと、アリオスの料理は美味しかった。

 凄いことにピューレと黒猫用にも簡単なご飯を作っていたものだから、リアーナは拍子抜けしてしまった。

 それと同時に、アリオスは言いようのない満足感のようなものを得た。目を輝かせて、美味しい美味しいと手料理を口に運ぶ姿はとても可愛らしく、何かを思い出すような感覚だった。

 そして今は、リアーナが入浴している間、ウィルはリビングで膝にピューレをのせてくつろいでいた。一方で黒猫はリアーナには懐いているが、アリオスには全然懐かなかった。黒猫は今、先ほどピューレがいた場所で丸くなって寝ている。


「ただいま。あれ、ピューレがアリオスに懐いてる。珍しいねぇピューレ、どうしちゃったの?」


「珍しいの?黒猫は全く懐いてこないけどね」


「亡霊だから、もしかしたら番人にしか懐かないのかも知れないですね」


 そういうとリアーナは、徐に隅にある引き出しをあさって小瓶を取り出す。中にはほんの少し黄色味がかった銀色の粉が三分の一ほど入っている。

 その中の粉を手のひらに出し、手のひらに刷り込むと、眠っているピューレのにぱっぱっと粉をかけた。

 すると、ピューレの身体がふわふわと浮き、リアーナがそっとその小さな身体を抱く。


「月光の粉?」


「はい。手で抱くと感触で起きちゃうから。部屋のベッドに連れていってきます。アリオスの寝床も準備しますから、待っててくださいね」


「手伝うわ」


 月光の粉はものを浮かせたり、まだ自身の魔力だけで飛ぶことのできない小さな子どもが使用する粉だ。

 ということで、アリオスは初めてリアーナの自室に入った。思ったより散らかっているのかと思ったら、中は割と清潔に保たれていたが、ベッドの下の勉強机は散乱していた。けれどその中に基礎魔法や基礎魔法実技、魔法戦闘の本が開かれていると、散らかっているのを叱る気にはなれなかった。

 かれこれ、時間が経ち、アリオスはおかしなことに気がついた。


「なぜこうなった?」


 その日の晩、アリオスはリアーナの寝ているロフト型ベッドの横で寝ている。いや、恋人でもないのにおかしい。いや、リアーナは優しいからリビングで寝かせるのは可哀想と思ったとか?それにしても、年頃の女の子が男と一緒に寝たらダメでしょう!


 (アタシ、耐えられるのかしら)


 そもそも夕飯まで一緒に食べたところから雲行きが怪しかった。何事もなかったかのように、「夜遅いから泊まっていきますか?」なんて言われるなんて。


「じゃあ、おやすみなさい。アリオス」


「お、おやすみリアーナ」


 その晩、サイレンが鳴り響き、大量の亡霊が暴動を起こしているとの知らせが入った。


 


 

 

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