本のない家ってのはね、窓がない息苦しい家みたいなもんだよ


 リアーナとアリオスは書庫のメインフロアに立っていた。

 どうやらアリオスはこの四方八方が本一色の世界が物珍しいのか、ずっと当たりを見渡していた。


「…………なかなかこんな景色はお目にかかれないわね。当たり一面が色んな本の背中で埋め尽くされている」

「うん。確かに、ここまで沢山の本がある景色は見慣れないですよね。私ね、ここに初めて来た時は、木の中に本がたくさんあるみたいって思いました」


 何かを彷彿するように言うリアーナを見たアリオスは、少し考え込むようにこう言った。


「木の中?アタシ、此処は解放感に満ちていると思うわ。だって、この沢山の背中の内側には無限の世界が広がっているじゃない。そう考えると、寧ろ解放感なんてものじゃないわ。数多の壮大な世界が広がっているとすら思うわね。世界のありとあらゆるものを見てきたものが此処に沢山あるんだもの」


 これを聞いて、リアーナは少し驚くと同時に、この世にこんな考えができる人がいるのかと感銘を受けた気がした。

 リアーナは、本を世界そのものとする人は滅多にお目にかからなかった。シルフとリーヴァ、それから両親以外には。

 謂わばリアーナにとって読書は冒険だ。薄い本なら遠いお散歩。分厚い本なら大冒険。

 リアーナは自分に近い感性の人と久しぶりに会えてとても嬉しかったのだ。


「本の無い家は窓の無い部屋のようだ……か。そう考えると、此処は色んな世界に繋がる窓が沢山あるように見えるね。確かに毎日が冒険と学びで満ちていると言っても過言では無い、かも」

 

「そうね。本っていうのは読むだけで何かしらの知識を得られるもの」


 うんうん。とリアーナがうなづく。アリオスは不思議そうに尋ねてきた。


「この書庫って、普通の図書館とは何が違うの?」


 この物語史上、ようやくと言ったところだろうか。

 そう、この書庫の本は少し他の本とは違う所がある。もちろん普通の本もあるが、番人が触る、もしくは満月の夜に特別な効能を発揮する本がある。

 例えば、喋る本

 開くと映像のように絵が動く本、物によっては本の中に招待してくれるものも。

 実際に中身の人が出てくるものも。


「……と色々さまざまな効能があるんです。満月の夜は大変ですよ」


「へぇ、意外と面白いのね」


 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 

 しばらく本や書庫について話していると、もう待ちきれない様子でちょっぴり口の端が上がっているアリオスを見て、リアーナは思った以上に話に没頭しすぎてしまっていたことに気がついた。……


「あ、所で、どうして魔法を私に教わりたかったんですか?」


「魔法の実技戦をやりたくてね。学級王国では最低限しかやらないでしょう?あとは、あなたの助手になりたいわね」


「学級王国……じょしゅ?はい?」


 いらない、そんなのぜっっったいにいらない。リアーナは基本的に1人が好きだ。それなのに、助手なんていたら気も使わなければいけないし、ピューレが助手みたいなものだろう。


 (しかも同じ学校の人だったぁ!?こんな人いたっけ?)


 正直もう逃げ出したい所だった。

 ピューレも何故かいないし、もうここまで引き受けたら逃げることはできないだろう。うーんうーんと考えていると、アリオスの方から提案をしてきた


「私は実践が学べればそれでいいの。アンタに勝てたら弟子にしてくれない?」


「勝てなかったら?」


「勝てるまで挑むから大丈夫」


「……だめです!3回勝負」


 これなら流石に大丈夫だろう。リアーナは騎士団にも所属してるし、おそらく実践は平均以上。よほどのことがない限り負けないはずだ。


「いいわ。大丈夫よ?アタシ負けないからね」


「ひええ」


 ✴︎ ✴︎ ✴︎


「此処が実践用の部屋。アリオスさんは真ん中にある椅子に腰掛けて。机も使っていいから」

 

「随分立派な部屋……。これ、アンタが?」

 

「はい!ちょっと頑張りました」


 そう言ったリアーナがアリオスを見ると、目の下が少し赤くなっていることに気がついた。それに気づいたアリオスはふいっと視線を外した。


「素敵すぎて驚いていた所よ。スタイリッシュで洗練されている感じ。とっても好み。ありがとう、リアーナ」

 

「そんなに喜んでもらえるだなんて思っていなかったから安心です」


 リアーナは心底安心したように言い、早速用意してあった基礎魔法や魔法史についての教本をアリオスの机の前に置く。


「これ、全部魔法に関しての教本。こっちは基礎魔法、防衛魔法、属性魔法とか……実技魔法の基礎教本」

 

「学級でもやったじゃない」


「基礎は大事って私の尊敬している先生が言ってましたから」


「……そう」


 リアーナは一瞬アリオスの表情が曇ったように見えたが、次に見たときには元通りになっていた為、気にしないことにして、教材を渡す。


「うーん、今日はこのくらいですかねぇ」


「そうね、日も暮れてきたし。そろそろと暇するわ。今日はありがとう」


「いえいえ、時計塔まで送ります」


 こうして、リアーナとアリオスのドタバタ師弟生活が始まったのだった。

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