「さっさと亡霊騒ぎの報告便をだしなさい」
目が覚めると、そこは壁一面に広がる本の世界。赤や茶色。青や黒。様々な色の背中が視界に入る。
はてさて今は何時だろうか。
ボサボサ髪のリアーナは考える。
(亡霊騒ぎの報告便……出してない)
昨日は散々だった。学校が終わって帰宅しようと思ったら、亡霊騒ぎに飛ばされて復興まで手伝ったのだから、もう満身創痍だ。リアーナは引きずられていた誰かの母の声を思い出す。
ふと、大好きな両親失った時を思い出す。
彼女は2年前のこの日に静者の書庫の司書として任命された17歳の魔女である。それまでは両親とは別の代わりの両親に育ててもらっていたのだ。4歳の時に事故で昏睡状態に陥り、目覚めた時にその人達に拾われたリアーナ。
ほんとの両親も代わりの両親も、リアーナにとっては大切な人だ。
そんなくだらない事はさておき。洗い立てのシーツにブランケット。
これは人生を快適に生きる為に必要不可欠な物だと、リアーナは思う。
なんてことを考えながらのそりのそりとベッドから起き上がり髪もボサボサのままで、本棚のほんと本の隙間からなぜか不機嫌そうにこちらを見ている生き物に声をかける。
「おはよう、ピューレ」
「えぇ。おはようお寝坊さん?」
「今日は早く起きれたと思うんだけど……そういえば今日は可愛い姿なんだね」
ふんっと顔を逸らすピューレを見ると可愛らしい丸々としたふわふわな仔犬の姿をしている。この不思議な生き物は、書庫で出会った大切な友達なのだ。
愛らしい目つきと真っ白な毛並み。撫でたい、と切実にリアーナは思う。
「顔を洗って授業の用意してらっしゃい。今日は雲行きが怪しいし学園まで飛べないわよ」
「うそ、本当だ。鏡で移動しちゃおうかな」
「鏡はあなたが昨日新しく開発した魔法の試し撃ちをしていて割ったんでしょう。自業自得なんだから早く用意してらっしゃいな」
そう言われてしまえばリアーナは黙って支度をするしかない。軽い雑談を交わしながら学園に行く用意を済ませていく。
(顔を洗ったら、勝手に移動した本達を元に戻して、それから……)
リアーナが司書としての日課をこなそうと考えている一方で、ピューレは誰かがこの書庫にくるかしら。なんて考えていた所、廊下の先からドアノッカーを叩く音が響き渡る。
「お客かしら?こんな早くからなんて非常識ね」
「珍しいねぇ。ピューレ、今から……」
「言われなくてもわかるわよ。隠れているわ」
察しのいいピューレに感謝しながらリアーナは扉に向かう。
この書庫は書庫スペースの中に少し生活用の部屋が四つほどある。雲まで届くこの円形の書庫塔のは1番上は天文台に。4階は、本棚のある本を一冊引っ張ると扉が出現するのだ。そこを開ければ、まるで普通の家のようで、リビング、キッチン、寝室、それから開かない扉、など完備されている。
ちなみに外からみると、円形の塔の中途半端な位置から一部屋不自然に飛び出しているような、なんとも間抜けな見栄えになっている。
他は吹き抜けになっていて、四方八方が本だらけだ。
今回の来客はリアーナの自室もあるその生活エリアへの来客だった。ここを知っている人物は親しい者か身内、もしくは別の書庫の司書。つまり、ここに来る人は割れている。リアーナは嫌な予感しかしなかった。なぜなら
「リアーナ・ローズブレイド司書嬢。どれだけ僕をこんな真冬の外で待たせれば気が済むのでしょうか。えぇ?」
「すみません…!お、おはようございます。父さ……あちが、司書様!」
「今、私達はし・ご・と中ですよねぇ。その辺の区別ははっきりなさいと、あれほど申しましたよねぇ?」
こうなるからだ。みろ、エドゥアルトのこめかみがピキピキとなっている。そしてリアーナのこめかみをグーで挟み込みグリグリとする。
「痛い痛い!割れちゃう!!」
「あぁ?」
「なんでもないですー!」
そこにいたのはエドゥアルト・クラーク。記憶の書庫の司書。簡単に説明すると愛妻家で高圧的な陰険魔法士兼、なんとリアーナの代わりの父だった。
✴︎ ✴︎ ✴︎
突然押しかけてきたエドゥアルトを応接間に招き入れる。生憎学校があるのでおもてなしの類を求めるのは勘弁してほしい所である。
「ローズブレイド嬢。早急に話題に入って申し訳ないのですが、今日の学校は何時に終わりますか?」
「えっと…今日は騎士団の訓練も無いので、14時までに帰れます。」
それは好都合だ。とエドゥアルトは呟く。そして彼はその銀髪によく似合う縁なしの眼鏡を押し上げる。
これは何か嫌な予感がする。リアーナは心に小さな不安を覚えた。この男が芝居がかった事をするのは何かと理由があるのである。それも、特大級の厄介事を持ち込んできた時などに。
「わかりました。では、14時少し過ぎにこちらへ参ります。急ぎで頼みたいことがあります。いいですか?」
「わかりました。すぐに帰ってきます。」
一連の会話が終わった後、エドゥアルトの瞳の色が変わる。これはれっきとした家族への視線で、物騒な瞳から一転して、穏やかで安心する色だ。
「最近、ちゃんとたべてますか?母様が心配してます」
「……父さま、大丈夫。ちゃんと食べてるよ」
「しっかり寝ていますか?」
「うん。充分すぎるくらい」
「そうでした。睡眠に関しては、あなたの右に出る者はいませんでしたね」
父と娘としての久しぶりのやり取りに、リアーナは堪らなく彼に抱きつきたくなった。前までは当たり前に家族で過ごしていたことが信じられないくらいに、最近は会えずじまいだった。
だがその感情をグッと堪えていたのに、エドゥアルトはリアリーの手を両手で持って、こう言ったのだ。
「父さまも母さまも、あなたを愛しています。さ、早く学校へいきなさい。14時からの用事が終わったら、3人で夕飯も食べましょう」
「――!はい!」
それから少し言葉を交わしエドゥアルトは去って行こうとした時には、すっかりどちらも司書モードに戻っていた。
「ところでローズブレイド嬢。貴方、鏡はどちらへ?模様替えはこの前したばかりだと思うのですが」
「昨日、新しい魔法を試していたら割ってしまっ……ばふっ!」
エドワードはこちらを愕然とした表情をしながら眉間を指で揉んでいる。信じられないような顔をこちらに向けてきて、リアーナにバコンッ!と魔法で大きな風の塊を落とした。
「ばふぇ…い、痛いです。クラーク司書……あれは不可抗力だったんです。」
なんともいえない顔をしているリアーナに対して言う。
「はぁ……私達ですらかなりお金を稼がないと購入する事ができない代物を……貴方が払うとしたらもっとかかるでしょう?だからあれほど鏡の扱いには注意しろと散々注意を…………」
くどくどと言い出したエドワードにこれはまずいなと思ったリアーナは早く話がおわりますように。とひっそり願っていた。
***
「ねぇリアーナ、さっきの白髪男との話で疑問に思った事があるんだけど」
「白髪じゃなくて銀髪。何か変な事言ってたかな。どうしたの?」
リアーナはピューレからの問いに顎に手を当てながら先ほどの来客との会話を一通り思い出すが、特に異変はなかった筈だ。
「鏡の話をした時、リアーナが買うならもっとお金がかかるって言ってたじゃない。どう言う意味なの?」
「あぁ。その事ね。私、まだ子どもの司書だから、お給金がクラーク司書達に比べて半分なの」
「子どもとか関係ないんだけどねぇ。だから貴方はいつも質素な食べ物しか食べないの?」
「質素かなぁ。お料理が苦手だから簡単なものしか作れないから自然と地味なお料理になってたのかも……最近はピューレが美味しいのたくさん作ってくれるから楽しみなんだ」
ピューレはふふんと得意そうに笑い、照れ隠しをする様に早く学校に行きなさいとリアーナに促す。ピューレはこう見えて照れ屋さんなのだ。どこか掴めない温厚でマイペースなリアーナとはある意味いいコンビなのだ。
「いってきます。ピューレ、怪しいものを見つけても触っちゃダメだよ」
「そんな事しないし、わかってるわよ。貴方も気を付けなさい」
今日も小さな幸せを積み上げる為の一日がはじまる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます