第十六話 獣人族のモフモフ双子

 全員の視線が小さなモフモフ双子に注がれる中、男の子が最初に声を上げる。


「ぼ、ぼくの名前は……シャカ! お、お姉ちゃん……可愛いね!」

「わたしは、マカ……です。お姉ちゃん、お洋服カワイイ……おとぎ話の、お姫様みたい」

「有り難うございます。シャカさん、マカさん。お二人も、とても可愛らしいですよ」


 シャカさんの発言で横にいるレイは目を丸くしてみえた。マカさんは、おとぎ話のお姫様にたとえてくれて嬉しい。


 チャコラは、焦った表情で双子を連れて行く。

 その行動に首を傾げるわたくしと反して、レイは顔を強張らせて薄い笑みを浮かべている。


「シャカもマカも、手紙に書いたでしょー!? モスフル王国の、本物の王女様だからね!」


 微かに聞こえる声に、シャカさんとマカさんの可愛らしい耳が髪に付くほど、ペタッとしてしまう様子に申し訳ない気持ちになる。


 わたくしは気にしていないのに……。



 それから少しして、わたくしたちを歓迎してくれている村人たちが集まってくる。


 村人たちは、チャコラのお父様たちと同じく男性は冒険者のように動きやすい服装を身にまとっていた。

 女性もわたくしのようなヒラヒラしたものは身につけておらず、スカートを着ている者は一人もいない。


「ゴホン。それでは、皆も集まったことですし……宴を始めましょう」

「ルキディア様とレイ様はこちらへどうぞ。特別席を設けさせて頂きました」

「そういえば、兄さんたちはー? 今年から、外の仕事を請け負うことになったとか言ってたけど」


 チャコラの母に案内されるまま、わたくしとレイは厳かな青いカーペットが敷かれた特注品の二人席に座らされる。

 どちらも村人が手作りしてくれたとのことで、わたくしは目を輝かせていた。


「ああ。あいつらは、ルキディア様の誕生祭から帰ってきていない。カガリから手紙は来ているから心配はないだろう」

「そっかぁ。相変わらず、真面目なカガリ兄さんに任せて、トギリ兄さんは何もないのね」


 隣から聞こえてくる名前に興味を抱いて、チャコラを手招きして呼ぶ。

 きっと、チャコラのお兄様たちだからモフモフ含めて凛々しい姿に違いない。


「カガリさんと、トギリさんというのがチャコラのお兄様なのですか?」

「そうそう。長男のカガリ兄さんは、真面目で村一番の強さと俊敏力があるのよ。次男のトギリ兄さんは、年子なんだけど……不真面目で、飽き性なの。一つ違いなのに」


 なるほど……。


 絵に描いたような兄弟に内心ワクワクしていた。今は、外の仕事を請け負ってから村には帰っていないようで、会えないのは残念だけれど……。


 わたくしたちのために開いてくれた宴が始まると、色鮮やかな料理と豪快なお肉に、お魚が運ばれてきて目を丸くした。

 レイは大人だから果汁酒を貰っていたけれど、一口飲む振りをして実際は口にしていない。

 本当に、不真面目に見えて真面目なんだから……。


 のどかな村で事件も起こるはずがなく、モフモフの村人女性による獣人族の踊りも、華麗な身のこなしに目を奪われる。


「料理は美味しいですし。踊りは、とても素敵でした! モフモフの尻尾が揺れる姿も――はっ! 違います……」

「ハハハッ! チャコラから聞いていますよ。モフモフに目がないとか。私たち獣人は気にしていませんから、堪能して行ってください」

「ルキディアさま。わたしの耳と尻尾、触っても良いよ? 本物のお姫様に触られたって、他の村の友だちに自慢するから」


 フリフリと誘惑するようにマカさんは、ちょこんと生えた灰色の尻尾を勧めてきた。

 とっさにわたくしは横にいるレイに顔を向けると、小刻みに肩が揺れる姿で頷かれる。


「良いんじゃないですかー? 本人もそう言っていることですし……」

「笑うのを堪えてるのは不敬ですよ、レイ……。でも、せっかくマカさんが良いと仰るのなら……失礼いたします」


 スッと伸ばした手で、マカさんのまだ短い尻尾に触れると、チャコラとはまた違った柔らかさを感じて目を見開いた。

 幼い女の子になんていうことを! と思われるようなくすぐったさを我慢してギュッと目を瞑る姿に、反対の手で口を押さえる。


「も、申し訳ございません! くすぐったかったですよね?」

「う、うん……少しだけ。お母さんとお姉ちゃんが毛繕いしてくれるのと、違う感覚だったから」

「か、可愛いです……。尻尾もとてもフワフワでモコモコしていました。マカさん、有り難うございます」


 笑顔で礼を述べた直後、おもむろに頭を突き出され、助言を求めてチャコラに視線を向ける。撫でる仕草をする姿に小さく頷いた。

 合法的に、少女の頭を撫でながら自然と耳にも触れる。先ほどと違ってくすぐったさはないようで、嬉しそうに目を細めていた。


 時折ピクピクと動く耳の愛らしさに感情の高ぶりを抑えるのは大変で、隣のレイも笑うのを堪えていて不敬すぎる……。



「もうお昼なのですね。これから、狩りに出かけられるのですよね?」


 ゆったりとした時間を刻む中、宴はそのままに男性陣が狩りの支度を始めていた。

 族長であるチャコラのお父様も現役のようで、立派な剣を身に着けている。


「はい。雨以外は、何があっても狩りは仕事としても、食料調達にしても大事なので。申し訳ないですが、女性たちと宴を楽しんでいってください」

「いえ、お構いなく。お気をつけて」

「狩りとなると、多分俺たちが帰る前には会えそうにないですねー。まぁ、彼らも大変でしょうが、また来ればいいですよ」


 大変というのは、確実にわたくしの相手をすることだと聞こえる。

 毎回、宴を開かせるわけにはいかないから、次があったらチャコラにお願いしたら大丈夫よね?



「ねぇ、なんかいるよー? なんだろう、このモフモフしたの」


 男性たちが村を出て行ってすぐ、違う方向から気になる言葉が聞こえてきたわたくしは、スッと立ち上がる。


「お嬢ー? どうかされましたかー?」

「子どもたちがモフモフと……。皆さん、どうしたのですか?」


 レイと共にしゃがみ込んでいる子供たちの下に歩み寄ると、草原に黒いモフモフがいた。

 丸くなっているけれど、明らかに小さい形をしている。


「なんかいたのー。ツンツンて、するとモソモソ動くんだよー」

「これは……モフモフした生き物でしょうかー? 魔物の子供? お嬢は触らないように」

「はう……。この子は、昨日読んだ図鑑に書いてありました! 黒貂コクテンの赤ちゃんですよ!?」


 思わず叫んでしまった声に子供たちはおろか、丸くなっていた黒貂コクテンの赤ちゃんも驚いて、丸めていた身体を開くと少し長い姿が露わとなった。



 <黒貂コクテン

 イタチ科で、魔物の中では小さい容姿をしているが、興奮すると身体が二倍になる性質を持つ。

 雑食でなんでも食べる。モフモフしているが、弱くはない。

 幼体の時は、成体よりもモフモフで柔らかい毛皮が特徴的。


 幼体は魔物の中では小さく弱いため、滅多に見つかることはない。出会うことが出来たら幸運なことだ。

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