第十五話 チャコラの故郷ポポルカ村

 背後から話かけてきたのは聞き慣れた声だった。


 思わずバッと振り返ると、先ほどまで庭で鍛錬をしていたレイの姿がある。

 装いも変わり汗も拭いてきたのか、いつもと変わらず爽やかな笑顔だった。


「レイ! つい先ほどまで、庭にいたのに……。この数分で着替えを済ませて来たのですか?」

「お嬢が引きこもっている方角から、視線を感じたので。それに、そろそろ時間ですし?」

「あ、ああ。って、引きこもりとかルキディア様に失礼すぎ! そうだった! お二人に話したいことがあったんでした」


 急に声を上げるチャコラに目を丸くすると、その内容にわたくしは目を輝かせ、レイは渋い顔になる。


 一度故郷に帰省をして、仕事が変わったことを報告したいという話で、暫く引きこもっていたわたくしも当然のように行きたいとレイにお願いした。


「……チャコラ。これは、計画的犯行か」

「えぇー? そんなわけないじゃないですかぁ。報連相は大事なので! それで、ルキディア様もついてきたいと言うのは止められません……」

「とても、素敵なお話ですね! わたくしも、チャコラの雇い主として挨拶しないといけないと思うのです!」


 キラキラとした眼差しをレイに向けると、眉を寄せて溜息をつく姿に首を傾げる。

 レイも書庫に引きこもっているわたくしを心配してくれていたようで、トントン拍子で明日出発する運びとなった。



 次の日、わたくしは清楚だけれど、汚れてもいいように少し短い丈の青いドレスで、リボンやフリルなど装飾の少ない服を身にまとう。

 髪の毛も編み込みのハーフアップにしてもらった。


 旅の話を羨ましいと口にしたわたくしのために企画してくれただろうチャコラの帰省。

 当の本人は、わたくしのせいで昨日から化粧直しや、身なりの整えなどの授業を受けて疲弊ひへいしていた。


「チャコラ、わたくしが我儘を言ったせいで申し訳ございません……」

「いいえ、大丈夫ですよ! ハードモードだったけど……アタシの村は、獣人だけあってメイドさんが付いてくるには大変だと思うので」

「獣人族だけの村は初めての体験なので、とても楽しみです! チャコラのご家族にもお会いしたいと思っていましたし」


 獣人族の朝は早いらしく、まだ日が昇り始めた早朝から支度を進めている。昼になると、森へ狩りに出かけてしまうようで、その前に村に着くために。


 村までは、徒歩だと2時間ほどで着けるとのことなので、可能な場所までは馬車で行くことに決まった。


 準備が整いわたくしは昨日街で調達したお菓子が入ったカゴを手にする。

 友人でもあるチャコラの実家にお邪魔するのだから、お土産は必須だ。


 出稼ぎ以外の者は、あまり村から出ないということで、月に一度訪れる街の行商人を心待ちにしていると聞いて、喜んでくれるだろうと一緒に選んだもの。



 トントンとドアを叩く音がして、許可をすると正装姿のレイが入ってきた。

 わたくしが街娘の格好をしないときは、レイも正装姿で護衛をしている。


 多種族間では、美男美女のイメージも違うようなので関心は持たれないと思っているけれど、久しぶりに見る正装姿は少しだけドキドキした。


「お嬢ー準備出来ましたー? 村の近くまで馬車で行けますが、転ばないように気をつけてくださいよー」

「なっ……! 不敬ですよ、レイ。わたくしは、そんなに運動神経がないわけではありませんし、間が抜けてもいません」

「もしも、ルキディア様が転びそうになっても、颯爽と助けるんでしょうー?」


 眉を寄せるレイに、チャコラは楽しそうに笑っている。これも、いつもの光景の一つになってきていた。

 チャコラに聞くとレイをからかっている? とか。レイは嫌そうにしているけれど、本気で疎ましく思っていないのは見てわかる。

 チャコラは、わたくしたちにとって良いお姉さんだ。


「はぁ……。行きましょうか。忘れ物をしないようにな、チャコラ?」

「ぐっ……仕返しをしようとしても無駄ですよぉ。忘れ物なんて――あっ! 帰省するときに買ってきてって言われた物、忘れてたー!」


 顔が綻んでいるレイに悔しがるチャコラは見ていて飽きず、わたくしも前以上に笑顔が増えた気がする。




 慌ただしく城を出て一時間ほど経った馬車から見える景色は、王都から離れたことで豊かな自然に、時折野生のモフモフを見かけて身を乗り出しかけるとレイに制止された。


 ゆったりとした時間が流れ、村の側まで辿り着く。

 馬車は帰りの時刻にまた戻ってくるので、わたくしたちだけが残された。


「チャコラの村が目と鼻の先にありますよ! 家が密集していないのに、活気がありますね」

「うん! 街のようなガヤガヤもいいけど、空気もこっちのが澄んでるし、子供たちの声が多いのが特徴かなぁ」

「お嬢に食いつかれないといいですけどねー?」


 また不敬なことを口にするレイに軽く頬を膨らませる。


 屋根の色が灰色に統一された村。壁は木材のようで家同士は離れているけれど、家族が多いのが分かる横に長い造り。

 子供たちが走り回っている姿が微笑ましくて、自然と笑みが浮かぶ。


 村の入口まで歩いてきて知った顔があったのか、先に駆け出すチャコラの後を足早に追った。


「お父さん、お母さん! ただいまー」

「おお、チャコラ……息災そくさいだったか」

「お帰りなさい。貴方の大好物のお菓子を焼いて待っていましたよ」


 チャコラとは違って濃い紺色をした耳と尻尾が特徴的な、お父様より年上にみえる男性と、灰色の毛色をした女性の姿がある。

 視線の少し下には、同色の小さなモフモフ……ではなくて、男女の子供がいた。


「お帰りなさーい! チャコラお姉ちゃん」

「ただいまー! 元気にしてたぁ? 可愛い弟妹ていまいたちー」


 双子という話だったけれど、男女ということで顔立ちは少し似ている部分が多いくらい。

 声が揃うのは凄いと思って感心していたわたくしたちに気が付いたのは、男性だった。


「おお……もしや、貴方様が。遠路はるばるお越し下さり、村全体で歓迎させて頂きます」

「ルキディア様、このような村にお越し下さり有り難うございます。娘のチャコラが、手紙を送ってきたときは驚きました。ご迷惑をおかけしていませんか?」

「そんなことは、まったくございません。とても、素敵な村ですね。突然の訪問に、快く受け入れて下さり有り難うございます。こちらは、ささやかな気持ちばかりですが」


 わたくしは、手にしていたカゴを差し出すと笑顔を浮かべる。

 そんな中、視界に小さな尻尾が二つ揺れているのに気がつくと、キラキラした眼差しを向ける双子にしゃがみ込んだ。


「初めまして、ルキディアと申します。可愛らしい双子さんは、なんというお名前でしょうか?」

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