第十四話 王女とモフモフの最新図鑑

 あの事件から一週間が経った。

 レイとチャコラは、お父様に話すと言ったけれど、最悪もう二度と城の外へ出られなくなるかもしれないと、頼んで内緒にしてもらう。



 そんなわたくしは、あの恐怖を忘れられなくて書庫に引きこもって、大好きなモフモフの最新図鑑に目を通していた。


 城内では、女性同士ということで主にチャコラがわたくしの側にいてくれるようになって、護衛のレイは鍛錬を再開したみたい。

 それから、わたくしが唱えた魔法と、謎の宝箱と転移について調べていると――。


「これは! 見てください、チャコラ。前の図鑑では載っていなかった、モフモフのことが書かれていますよ」

「あっ、本当ですね! モフモフたちも、思った以上に年々増加しているんですかねぇ。私も、ルキディア様の影響で、全巻読んじゃいました!」

「まぁ! それは、嬉しいことです。この勢いで、レイも巻き込みましょう」


 レイはわたくしのために、モフモフについて詳しいけれど、一緒に読書をしたことはない。わたくしの家庭教師でもあるから、勉強はしているけれど……残念ながら、モフモフは出てこないから。


 わたくしのために書庫に設置してもらったソファーの背後にある窓からは、広い庭が見える。

 屋外訓練としても使われている場所で、光避けの窓掛けを開けると、そこには汗を流してみえるレイの姿があった。


 少し離れた場所には、休憩の合間に見学しているメイドの姿もある。


「レイは、相変わらずモテるわねぇ……あっ! ですね?」

「ふふっ……。今は、二人きりですので、普段の口調で大丈夫ですよ? そう、ですね……別に良いですけど」

「フフーン? まぁ、今はその関係も悪くないわね。進展すると、ポンポン行くだろうし」


 チャコラの言っていることが理解出来ず首を傾げるわたくしは、モフモフ図鑑を手に庭から視線を逸らせないでいた。

 此処からだと当然、声が聞こえることはない。


 一年間一緒に過ごしていても、何も感じなかったのに……あの日以来、いいえ。レイに、街中で抱きあげられた日から、知らない内に目で追っていることが増えた気がする……。


 ――これは、なんという感情なのでしょうか?


 同じ女性のチャコラなら、分かる気がするけれど……。今はまだ、最優先事項はモフモフと触れ合うことなので!


 それに、レイは……わたくし20歳はたちを迎えるまでは、護衛をしてくれると言ってくれたから……。

 なぜかは分からないけれど、わたくしが婚約相手を決めたら、故郷に戻ると――。


「おーい。ルキディア様ー? レイが手を振っているわよ?」

「はいっ!? こんなに遠くの書庫ですが、レイからも見えているのですか……」


 ぼんやりしていて、まったく気がつかなかった庭に視線を向けると、笑顔で手を振っているレイが見えた。

 上からだと、多少は表情も分かる程度。下からでは、わたくしなら見えなさそう……。


「――レイは、目も良いのですね」

「まぁ、護衛をしているだけはあるし……? それに、視線を感じ取る能力は高い気がするわね」


 軽く手を振り返すと、立ち去っていく後ろ姿に少し寂しさを覚えた。

 一週間、わたくしが引きこもっていて、勉強を見てもらうとき以外に会う回数が減っているからかもしれない……。


 気を取り直して、再びモフモフ図鑑に目を留める。


 新しく書かれたモフモフについて、イラストまで載せているのは、この作者だけしかいない。


 どんな方なのかしら……。


 最初のページに、各地を旅しながらモフモフを見つけては書き留めているとある。


「――わたくしも、モスフル王国以外の知らない地に行ってみたいです……」

「えっ!? それはー……国内の、遺跡すら危険だったから、過保護のレイがどう言うかなぁ……」

「――わたくしも、恐い思いはしました……。思い出しただけで手が震えます……でも、羨ましいです」


 表紙を手でなぞると、先ほどの続きから読み進めいった。



 〜余談〜


 <ミミック>

 擬態型の宝箱。

 宝箱を真似して全体が本体ではあるが、宝箱の中身が本体だという説もある。

 中身は多種多様で、8割は液体とも言われていた。


 宝箱を開けた生き物を大きな口で捕食する。丸呑みが一般的で、たまに牙を持っている個体がおり、その宝箱は赤く染まっているとか。


 興味深い中身について。

 作者である私は、名のない小さな洞窟でミミックを見た。まさかの擬態化しようとしている瞬間に遭遇する。

 その時、見た形が黒いモフモフに感じられた。

 触れることは叶わなかったため、モヤのようなものかもしれないし、錯覚かもしれない。


 万一、ミミックがモフモフという説があるのなら見てみたいと思う。



「チャコラ! 見てください。噂に名高いミミックさんが、モフモフという説があるそうですよ」

「えっ……あの擬態型の魔物が? でも、ルキディア様の話だと、モフモフは一番弱いんじゃ」

「そうなのですよね……。でも、強い子でもモフモフはいますよね……狼系も、モフモフですし」



 <モフモフの精霊について>

 私は、海底にある遺跡でモフモフのしるしを見た。海の住民に聞くと、これは、ある冒険者の男がモフモフの精霊に認められた場所だという。

 此処には、遥か昔から精霊が祀られているが、海に対する加護は一切なかったらしい。

 精霊は、どの種族にも干渉することのない自然エネルギー体である。魔素まその塊ともいわれている。



 <精霊の加護>

 精霊から与えられる能力の一つだ。

 モフモフに関していうのなら、モフモフの頂点であるため、全てのモフモフから好かれるといわれている。

 ただ、精霊は何者にも干渉しない生き物だ。もしも、モフモフに好かれないことで泣いている人がいるのなら、探してみるのは悪いことではない。

 ただ、モフモフの精霊だけではなく、精霊は特定の能力を持つ者と、認められた主しか視覚出来ないと精霊使いと呼ばれる能力者は言っていた。



「チャコラ! 今回の最新図鑑は一味違いますよ。精霊さんについても書いてありました。海底で息は出来るのでしょうか?」

「それは、海に住む種族しか無理だと思うわ。魔道具か……魔法かしら?」


 思わず身を乗り出してチャコラの話に耳を傾ける中、おもむろにキーッと扉の開く音がして、フワフワとした感情が呼び戻される。


「お嬢さん方、なんの話で盛り上がっていらっしゃるんですか?」

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