第42話 ゲリンの初めて

「カスパーが十歳になっても番がいなかった場合、護衛をやめろってルシャード殿下に言われて。だから、それまでに、お互い誰もいなかったらの話だよ」


 オティリオは肩をすくめる。

「そういうことだ」


「それなら兄上との番の約束は不要だ。もし、ゲリンに手を出したら、兄上でも許さない」

 冷淡に言い捨てるクラウスは、乱暴な仕草で椅子を蹴り飛ばすかのように立ち上がった。


 美形のクラウスが怒りを表すと、普段の温和さと相まって、何をしでかすかわからないような畏怖に襲われる。

 産まれた瞬間から知っている、兄のオティリオでさえ一瞬慄いたようだ。


 突如、クラウスは聖獣になって俺の手首を掴んだ。

 何度、見ても美しい獣だ。


 嫉妬に狂った聖獣の翼が広がり、ぞくりとした。

 感情的になったクラウスは、一秒でも速くオティリオから離れたかったのだろう。


「あっ」と呟くと同時に、庭園から部屋の中に高速で移動していた。 

 光沢のある真っ白いシーツが敷かれた大きな寝台が、中央に配置された部屋だった。

 クラウスの寝室か。


 毛足の長い絨毯は温かみのある象牙色で、素足で歩いたら気持ちがよさそうだ。


「どこにキスされたの?」

 クラウスが悋気を滲ませた瞳で問いただした。


「……唇に」

 鼓動を高鳴らせながら俺がそう答えると、クラウスは顔を寄せた。


「僕もキスしていい?」

 クラウスは俺が頷くのを待たずに、一瞬だけ唇を合わせて離れる。


 うっすらと瞼を閉じた俺は、「もっと」と無意識に呟いた。

 もう一度、少しだけ長く合わせたクラウスの唇の感触は、俺が知っている感触と違う。


「もう僕としかキスしないで」

「当たり前だろ」


 クラウスは制服の裾から手を侵入させて、脇腹を撫でた。

「こうやって、ゲリンを触るのは僕で何番目?」


 クラウスは回答を求めてないだろうと思い、俺は口を閉ざす。


「僕はゲリンが初めてなのに、ゲリンは違うんだろうね」

 白シャツの中でクラウスの手のひらが、背中を執拗に撫でた。


「ゲリンを閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくない」

 異様な熱を帯びたクラウスの琥珀色の瞳と、俺の瑠璃色の瞳が絡み合う。

 どちらからともなく、また唇を合わせた。


 歯列の間から、クラウスの湿った舌が刺し入れられ、舌が触れ合い唾液を交換する。

 クラウスの手のひらは背中から、ゆっくりと腰に移動した。


 唇が離れると、クラウスが問いかける。

「教えて。どこを触られるのが好き?」


 クラウスの温かい手は、どこを触られても粟立つように気持ちがいいはずだ。

 

「どこでも。クラウスに触られるのだったら、どこでも好きだ」


 気持ちを伝え合い、好きな人に触れられるのは、心に触れられたような感触があった。

 こんなにも気持ち一つで変わるものなのか、と驚く。


 クラウスの手のひらで撫でられると、敏感に反応して、心が満たされるのだ。


 俺が経験してきた行為とは、何かが違う。

 今までは発情期にしか抱かれなかったから。


 それは、とても大きいな違いだ。

 恋人でもなかったダイタとは、本能に任せた発情期以外で身体を繋げることはなかった。

 愛情表現でもなんでもなかった。

 

 発情期中はオメガの本能がアルファをほしいだけで、今の俺がクラウスを求めているのとは大きく違う。


「発情期じゃない時に、するの初めてなんだ」

 俺がそう言うと、クラウスの表情から嫉妬心を上回る性急な性欲が高まる。

 

「ゲリン、好きだよ。今からしていいの?」

「クラウスがしたいように」


 クラウスは、躊躇うことなく唇を寄せる。

 角度を変えながら啄むような口付けを何度か交わすうちに、クラウスの舌が口内に侵入する。

 上顎を舐められると甘い痺れに襲われた。


「ゲリン……どうしょう。僕、キスだけで出そう」

 唇が離れると、クラウスが荒い息を繰り返し、興奮したアルファの姿があった。

 

「俺も」

 下腹部で成長した器官が痛いぐらいだ。


 ベットに上がると、互いの腰を擦り合わせながら、服を脱ぐ。

 クラウスの身体は、予想外に引き締まっていた。


 若々しい肌は傷一つなく、均整のとれた肉体は瑞々しく艶めかしい。


…………………


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