第41話 嫉妬するクラウス

 花祭から二十日が過ぎた。

 恋人になったクラウスとの関係は、これと言った進展はない。


 ヌードが描きたいと言ったクラウスだったが、いざ俺が上半身を脱ぐと、慌てふためき「やっぱり描けない」とアトリエを飛び出して以来、若干接触を避けられている感じもする。


 俺に色気がないからだろうか。

 キスぐらいしたいが、なかなか思うようにいかない。 


 唯一変わったのは、昼食を一緒に食べるようになったことだ。

 今日も緑ノ宮の庭園で、昼食後の紅茶を飲んでいた。


 クラウスが、ティーカップを持ち上げて唇をつける。

 それを見て、そっと口付けされる想像をしてしまった俺は、どうかしている。


 午後から半休のため、このまま緑ノ宮でクラウスと過ごすつもりだ。

 

 クラウスが口を開いた。

「黙っておくのも変だから、ゲリンに言っておくよ。昨日、ウィリアムが僕に会いに来た」


「やっぱり来ましたか」

 俺の口調は若干砕けたものに変わった。


 花祭の日、緑ノ宮に五輪の赤い花が届いたらしい。

 茶会に招待した五人のオメガからだ。

 クラウスは、丁重にお礼と断りの手紙を添えて、やんわりと花も返却したそうだ。


 それを聞いた時、ウィリアムだけは納得しないだろう、と考えていた。

 ウィリアムは、赤い花を返されて屈辱だったに違いない。


「会って話をしたのですか?」

「玄関でボイスと揉めてたけど、僕は会わなかった」


 家令のボイスに詰め寄ったところで、クラウスに会えないことに変わらないだろうに。

 顔を合わせることすら拒絶されたウィリアムは、ようやく諦めてくれたはずだ。


「僕が好きなのは、ゲリンだけだから」

 クラウスは、ウィリアムの訪問に責任を感じているかのように言い募る。


 クラウスの恋人だけに向ける愛おしそうな瞳。

 告白する前から、似たような視線だったようにも思うが、どこか違う。


「俺も好き。話してくれてありがとう」

 俺は思わず口に出た。


 三十歳になって、初めてできた恋人に、俺は浮かれているのかもしれない。

 本当は、何度でも「好き」と伝えたい。


「ゲリンも、なんでも話して」

 クラウスがそう言ったから、俺は躊躇しながら唐突に切り出した。


「発情期のことなんだけど。来週ぐらいです」


 三ヶ月ごとの発情期は来週にありそうだった。

 恋人ならば、発情期のサイクルを教えるものだと考えたが、違っただろうか。


「それは……」

 クラウスが視線を逸らして、言葉を濁す。


 綺麗な顔がうっすらと羞恥で赤くなる。

 クラウスは発情期の行為を想像したのだろう。


「発情期の間、会いに来てもいいですか?」

 俺が訊くと、クラウスは頷いた。


「うん。もちろんだよ」

 はにかむように微笑んだクラウス。


 抱きつきたくなる衝動にかられるが、我慢をする。

 恋人に甘えたいと思っても、うまく実行に移せないでいた。

 

 冷静を装って、ティーカップをソーサに静かに置く。

 同時に、オティリオの大きな声が聞こえた。


「お邪魔するよ」


 オティリオが緑ノ宮に顔を出すのは、それほど珍しいことではない。

 姿を現したオティリオは、俺とクラウスの間にわざわざ椅子を移動させて座る。


「ゲリンがここにいるって聞いてね。毎日、昼食はここに来てるんだって?」

 オティリオは頬杖をついて言った。


 クラウスが即答する。

「そうだよ。ゲリンに用事?」


「ちょっと、ゲリンの様子を見にきただけだよ。僕とゲリンはキスして番を約束した仲だからね」

 わざとクラウスを煽るように、オティリオが告げた。


 オティリオの口を塞ぎたかったが、手遅れだ。

 それに加えて、俺の獣の耳を撫でようと、オティリオが手を伸ばす。

 避けようとしたが。


 そのオティリオの手を、クラウスが弾き落とした。

「ゲリンに触るな!」


 先程までの、発情期の話に顔を赤らめるクラウスは、どこにもいない。

 威嚇するようにオティリオを鋭く睨む姿は、オメガへの独占欲の強いアルファそのもの。

 クラウスが声を荒げるなんて、意外だ。


「その様子だと、二人が付き合い始めたって噂は、本当なんだね。マイネは兄上に取られて、ゲリンは弟に取られるとか、僕って可哀想すぎない?」

 オティリオは戯けた口調だったが、表情は険しかった。


 俺とクラウスが噂になっているとは、知らなかった。

 やはり、王宮内での抱擁を、目撃した人がいたのかもしれない。


「どういうことか説明してもらおうか。どうして、兄上と番になるだなんて、話になったのか」

 クラウスは地を這うような低い声で詰問して、俺は慌てて弁明する。


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