第40話 幸せにしたかった

 翌日。

 後回しにすると、一層きまりが悪いと考えてダイタの執務室に向かった。

 扉を叩いて、返事があってから入る。


 ダイタは気詰まりそうにした俺を見ると、わざとらしく肩をすくめた。

「ゲリン、ひどいよな。俺のことを置いてけぼりにして、クラウスを追いかけるなんて」


 クラウスを追ったと勘付かれているということは、あの後、どのような会話があったのかも予想されているかもしれない。


「ごめん」

 悪いことをしたと思ったから、ダイタの執務室を訪れたのだ。


「いいよ……これからもゲリンを好きなままでいるのは許してくれるか?」

 ダイタは冗談のように言うが、瞳は真剣だった。


「それは、俺が駄目だと言っても、どうしようもないんじゃないのか?」


「その通りだ。自分でも、どうにもできない。こんなんじゃあ、俺は一生、結婚できないかもしれない」

 ダイタは苦笑した。


 大袈裟だと思ったが、そこは聞き流して、改まって口を開いた。

「うまくいかなかったけど、俺はダイタとの過去を後悔したことはないよ」


 未熟だった俺は、発情期の行為があったから、ダイタに愛情が生まれたのかもしれない。

 あの時は、唯一の俺のアルファだったから。

 そのアルファが、ダイタで良かった、と思っている。


「本当に、あの時はゲリンに好かれてたんだな……」

 ダイタが悔しそうに顔を歪めて、その痛みが俺にも伝わったが、どうすることもできなかった。


 俺が現在好きなのは、クラウスだから。


「俺がゲリンを幸せにしたかった」

 ダイタが俺の顔をじっと見つめる。


俺は言葉が出ない。


「ごめん。こんなこと言うつもりはなかったんだ」

 ダイタが頭を振りながら、顔を背けた。


 俺は執務室を出て扉をそっと閉めると、なんとなくダイタとの思い出が脳裏に蘇った。

 幼い頃から好きだったダイタを、嫌いになったわけではない。

 

 






 金ノ宮に戻ると、妃教育が終わったらしく、マイネとレイが庭園のガゼボで茶を飲んで休んでいた。

 戻った俺の姿に、カスパーが「おかえり」と走り寄る。

 

 昨日の花祭はクラウスだけではなく、実はカスパーからも赤い花を貰った。

 庭に咲く花をカスパーが摘み取り、ほぼ花弁しかないような不恰好さだったが、有り難く頂戴した。

 

「ゲリンに、貰った、花を、見せてた」

 カスパーの小さな手を繋いで、ガゼボの屋根の下に入る。


 テーブルの上に白い花瓶があり、一輪の赤い花があった。

 俺が買いに走って、カスパーに渡した花だ。

 

 マイネの対面に腰を下ろすと、隣に座るレイが言った。

「ゲリンが持ってた昨日の花は、カスパーにあげるためだったんですね。私は誤解をしていたみたいです」


 レイが見たのは、この花ではない。種類も違うが。


 俺は訂正しなくてもいいかとも思ったが、正直に口にする。

「誤解ではないよ」


「と言いますと?」

 レイに聞き返された。


「だから、あの花はカスパーじゃなくて」


「僕だけ、じゃなかったの?」

 カスパーが俺を遮るように声を出した。


 カスパーとレイの寂寥感を帯びた四つの瞳で凝視されると、俺は居心地が悪くなる。

 何も悪くないはずなのに。

 

 頬を膨らませて、カスパーが可愛いらしく訴えた。

「駄目。ゲリンは、僕と、結婚するの!」


「ありがとう。でも、それはルシャード殿下には、絶対言うなよ」

「なんで?父上にも、言ったよ」


「カスパーは、以前からゲリンと結婚するって言ってたぞ。ルシャード様も、笑顔で聞いてたから大丈夫だって。気にするな」

 マイネは、そう言うが、ルシャードが優しいのはマイネにだけだ。


 マイネに言われても、説得力がない。

 もしや、このカスパーの発言が、俺に番ができなかった場合、護衛をやめろに繋がっているのではないのか。

 

「それで、昨日の花は受け取ってもらえたのですか?」

 レイが急かすように訊き、俺はこくりと頷いた。


 マイネが笑顔で「詳しく聞かせろ」と詰め寄られたが、なんとなくカスパーとレイの前では言いにくかった。

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