第38話 ゲリンの告白
一輪の花を大切に右手に持って、クラウスの背中を急いで追いかけた。
「クラウス殿下。待って、待って下さい」
「何?ダイタは、もういいの?」
足を止めて立ち竦むクラウスが振り返ると、俺の右手を一瞥した。
「それ、貰ったのか?」
クラウスはアルファらしい、威圧感のある声色で訊く。
ダイタから赤い花を差し出された場面を見られたのなら、誤解されてもおかしくない。
俺は、首を横に振った。
「これは、違います。これは、俺が買ったんです」
どうした理由か、鼓動が信じられないほど速く鳴っている。
緊張しているのだ。
どんな屈強な男と剣を交えるよりも、緊張していた。
胸のうちが溢れて、喉に詰まりそうになり、言葉がでない。
迷いはなかった。
俺が好きなのは引きこもりで自信なさげで、年下の飛べない銀色の聖獣だ。
初めて会った梟の木の下で会ったクラウスは、警戒心が強く音もなく逃げられてしまった。
まだ名前も身分も知らなかったが、翌日も同じ場所に行けば会えるだろうかと、期待して待ったが、また逃げられてしまった。
そんなクラウスが、その後、撫でるような視線を俺に注ぎ続けて、徐々にその瞳に惑わされ抜け出せなくなっていった。
空を飛ぶことができないクラウスが、水中を飛んでいる姿は、今も脳裏に焼きついている。
深呼吸をして息を整えた。
「好きです」
ようやく言えた。
俺が告白すると、クラウスは驚愕する。
目を見張って、ぽかんと半開きになった口から絞り出すかのようなに声を出す。
「ど、どうしたの?」
「クラウス殿下を好きです」
俺は、二度繰り返すと、あと何回でも繰り返せそうだった。
「うん。弟としてだ。わかってる」
「俺は違います……クラウス殿下は、俺のことを兄のように思ってるかもしれませんが」
孤児院で育った俺は、俺だけを見つめる存在を幼い頃から欲していたのかもしれない。
クラウスの瞳が俺に向けられる理由が、絵を描くためだけだとしても、それでも今はいい。
返事を期待する気持ちはなかった。
言えただけで満足している。
「違うの?」
クラウスが、不審がる。
「もっと年齢の近い可愛いオメガが、クラウス殿下の隣に並んだ方がいいってわかってます。俺ではなく、ウィリアム様みたいなオメガを選ぶって、わかってるんですけど、どうしても、クラウス殿下にお伝えしたくて」
「僕、ゲリンに告白されてる?」
「この赤い花は、クラウス殿下のために選びました」
俺は、まだ赤い花を渡してなかった。
受け取ってもらえるだろうか。
クラウスに選んだ赤い花は、桃色に近かった。
花弁が密集して丸い形が可愛らしい花だ。
クラウスがその花に手を伸ばす。
しかし、花ではなく俺の手首を掴み、引き寄せられた。
「僕、ずっと見てたから、ゲリンが好きなのはダイタだってわかってた。だから僕が入り込む隙を探してた。違ったの?」
クラウスが俺の耳元で囁く。
触れ合った肩。掴まれた手首。
クラウスのアルファのフェロモンと絵の具が混ざり合ったような匂い。
長い髪の間から覗くクラウスの視線が俺を見据えていた。
「違います。俺が好きなのはクラウス殿下です」
クラウスが俺の首筋に顔を埋めて、背中に腕を回した。
なぜ、抱きしめられたのか、わからない。
こんなことされたら、浅ましく期待してしまう。
クラウスが甘えるように懇願する。
「……もう一回言って」
「好きです」
「……僕も好き」
俺はクラウスの返答を理解するまでに三秒かかった。
クラウスの暖かい体温が、じわりと俺の心に浸透する。
「その好きは、俺と同じ気持ちですか?」
「疑ってるの?」
クラウスが腕の力を強めると、心臓の音が重なった。
クラウスの髪が俺の頬を優しく擽る。
「信じられなくて」
「兄だなんて思ったことはない。ゲリンが僕以外の誰かと一緒にいると、気が狂いそうなほど好きだ」
都合のよい夢でも見ているのか。
痛いぐらいに強く抱きしめるクラウスが、夢ではないと教える。
クラウスは兄としてではなく、俺を好きだと言うが、七歳も年上の俺みたいなオメガで、いいのだろうか。
一時的な気の迷いとしか思えないが。
それでも、嬉しくて、おずおずとクラウスの背中に腕を回した。
クラウスにすがりつくようにして、胸の中に顔を埋める。
この心臓の音は、俺の胸の奥から聞こえるのか、それともクラウスからなのか。
俺が好きな人が俺を好きだと言った。
喜びがゆっくりと全身に伝わり、クラウスを好きな感情が一層満ち溢れる。
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