第37話 花祭の赤い花
クラウスに会うと、やはり好きだと実感した。
あの執拗な眼差しは、ずっと俺が欲しかったものだ。
俺は以前よりも頻繁にクラウスの宮を訪問した。
ウィリアムとまた居合わせるのは避けたいが、知らない間に二人の仲が深まっているのはもっと避けたいから。
俺の態度は少し妙だったかもしれない。
実際、クラウスに「ゲリンが変だ」と言われたが、どう変なのかわからなかった。
あれ以来、ダイタと会う機会はない。
ダイタと俺は、告白するのが遅すぎた。
気持ちを隠してばかりで、素直になれなかった二人が招いた結果だ。
クラウスとも、このまま気持ちを伝えなければ、同じような結末を繰り返すだけだ。
そう思うと焦ったが、伝える勇気もなかった。
クラウスが、いつ結婚を決めてしまうかわからないのだから、ぐずぐずしてはいられない。
一緒に過ごす時間が、このまま続けばいいのに、と心中で思っているだけでは、何も起こらない。
わかってはいるのだが、鬱々とするばかりで時間だけが過ぎていく。
クラウスを目の前にすると、なぜか怖気づいて、言えなくなってしまうのだ。
気持ちが悪いとか言われたら、最悪だ。
「ゲリン、難しい顔をしてる。悩みでもあるの?」
クラウスに言われて、俺は曖昧に笑った。
そして、王都では六月十日の花祭を迎えた。
花祭は、愛しい人に赤い花を渡す日だ。
俺みたいな片思いの者にとっては、気持ちを伝えるいいきっかけとなる日だった。
いつから始まったのか不明だが、この日ばかりは赤い花が王都中で爆売する。
二十歳まで王都で暮らしていた俺も、稀に赤い花をくれる人がいたが、ダイタと贈り合ったことはなかった。
その日、政務宮の庭園でも臨時の売り場が設けられ、多種多様な赤い花が販売されていた。
花の種類に決まりはない。
花弁の色も、深い紫のような赤もあれば薄い桃色のような赤もある。
それを、一輪だけ選んで好きな人に渡すのだ。
昼休憩の時間に、その売り場を眺めていると、秘書官のハンも購入していた。
既婚者もハンのように贈り合い、伴侶との絆を深める日でもある。
きっと、ルシャードとマイネも赤い花を交換するのだろう。
俺も渡したい相手を思い浮かべながら、一輪の赤い花を購入した。
「ゲリン、買ったの?」
背後から呼ばれて、振り返ると、オティリオがいた。
「もしかして僕にくれるの?」
「違います。オティリオ殿下は、それ全部貰った花ですか?」
オティリオは、五輪も花を持っていた。
「これは、お返し用の花だよ。貰った子にあげようと思ってね」
「さすがですね」
どうして、オティリオが俺と番になると約束したのか、不思議でしかたがない。
「ゲリンも誰かにあげるの?」
「はい。せっかくなので」
「そうか。じゃあ、受け取ってもらえなかったら、僕が貰ってあげるよ」
「余計なこと、言わないで下さい」
俺は素っ気なく言い放ち、オティリオから離れた。
オティリオの言うように、受け取ってくれるとは限らない。
それでも渡すことに意味があり、まずはクラウスに意識してもらうのが目的だ。
もし、断られても、来年もあげよう。
だから、五年後までに番を探すのは、無理かもしれない。
クラウスを諦めるなんて、できそうにないから。
思い返せば、ダイタの時は最初から諦めていたな。
一輪の赤い花は、ただの花ではあるが、今日だけは違う意味がある。
右手に持つとじんわりと手のひらに汗をかいた。
急いで緑ノ宮に向かおうとすると、また呼び止められてしまった。次はレイだ。
「ゲリン。誰かにあげるんですか?それとも、貰ったのですか?」
「渡す用だよ。まぁ、貰ってくれるかはわからないけどさ」
レイは、深く息を吐いた。
「ゲリンの花を断る人なんて、いないですよ。でも、渡すことができなかった時は、その花を私にくれませんか?」
「ありがとう。わかったよ」
「羨ましいです」
レイは渡す相手がいないのだろう。
渡す人がいるだけで羨ましがられるとは、思わなかった。
まだ何か言いたそうにするレイと別れて、金ノ宮の前を通り過ぎようとすると、その前にダイタがいた。
ダイタの邸宅で告白を断ってから、互いに素っ気なく距離を置いていたが、俺を待っているかのように佇んでいる。
「ゲリン」
やはり、呼び止められた。
「花を渡したくて」
ダイタが俺に赤い花を差し出すと、胸の中が騒めく。
俺は、無意識に唇を噛んだ。
この気持ちは、なんだろうか。
俺は間違いなく、ダイタを好きだった。
「もっと早く、貰いたかったな」
俺がそう呟くと、ダイタは悔しそうな顔を覗かせた。
「やっぱり、もう遅いってことか?」
「うん。ごめん、貰えない」
遅すぎだ。
十年前なら喜んで貰っただろうが、ダイタへの気持ちを断ち切った俺は、受け取るべきじゃない。
現在、赤い花を渡したいのはダイタじゃないから。
ダイタは大輪の赤い花を、ゆっくりと引いた。
その時、ダイタの背中の向こうに、ちらりと銀色の髪が見えた。
クラウスだ。
俺は、咄嗟にダイタを通り過ぎて、その銀髪の背中を追いかける。
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