第36話 ダイタの告白

 目の前に座ったダイタと目が合う。

 邸に連れてくるほど、外では避けたい話なんだろうか。

 身に覚えがないが。


「俺って、ゲリンを見つけるのが得意みたいだ。さっきも、すぐに見つけられたしな。無意識にゲリンを探してしまうのがクセになってるのかもしれん。ゲリンがアプト領に行ってからも、王都でずっと探してた気もする」


 趣旨がわからない発言をするダイタに、俺は首を傾げる。

「十年間、王都には一度も戻ってませんが」


「そうか……言わないつもりだったが。白状してしまうと、俺はゲリンに会いに、アプト領に何度か行ってた」

 ダイタの濡れたような黒い瞳が、瞬きをした。


「本当ですか?」

「孤児院の手紙を、領主館まで届けてたのは俺なんだ。声はかけなかったが、ゲリンの姿を何度か見かけた」


 すぐ近くまで来ていたのに、俺に会わずに帰っていたのか。

 ため息を吐きそうになる。苛立ちを覚える。


「声をかけてくれれば、よかったのに」


 ダイタは暗澹とした様子で、息を吐いた。

「何も言わないでゲリンが消えたのが、相当にショックだったんだよ。今思えば、病院にマイネもいたはずなのに、まったく気づかないほど、お前しか見てなかった。失くしてから、大切だって気づいても遅いんだけどさ」


「大切?」

「うん。馬鹿だよな。俺」


 思い詰めたような真摯な眼差しのダイタに、俺は戸惑う。

 意味がわからず、ダイタの次の言葉を待った。


「一度は諦めようとしたんだが、やっぱりゲリンが他の奴と一緒になるのは耐えられそうにない。ずっと後悔してた。俺はゲリンと始めからやり直したいって思ってる」


 俺は、呆然とする。

 まるで、ダイタに告白でもされるみたいだ。


「ゲリンを好きだ」

 まさか、ダイタの声が、そう告げた。

 ダイタが俺を好きだと言ったのか?


「ゲリンにも、俺のことを好きになってほしい」


 ダイタが俺の返事を待っているが、何と言えばいいんだ。


 動揺しながら、言葉を選んだ。

「俺は……ずっとダイタのことを好きだった」


 俺がそう言うと、ダイタは驚いたように息をのみ、椅子から立ち上がる。

 

 しかし、俺は即座に否定した。

「でも、今は違う」


「今は違う?前は好きだったのか?」

 戸惑うダイタに、俺は頷く。


「何度も発情期を一緒に過ごすうちに、いつの間にか好きになってた。でも、好きだって言ったら、もう会ってもらえないと思って言えなかった」


 だから、ダイタに好きだと言われて嬉しい。

 しかし、あんなに好きだったダイタから好きだと言われても、嬉しいと思うのは、二十歳の頃の俺で今の俺ではなかった。 


「ごめん……知らなかった」


 発情期の欲求に従い、何度も淫らな行為をしたダイタ。

 違う始まりだったら、今頃、ダイタと番になっていたかもしれない。


「俺はアプト領に行ってからも、ずっと会いたかった。でも、謝罪された時に、もうダイタを諦めようって決めたんだ」


「だから、あれはゲリンとやり直したいって、気持ちもあったというか……まさか、あの時、告白してたら、返事が変わってたのか?」

 ダイタが悲壮な表情で黙った。


「……わからないけど、今よりは悩んだかもしれない」


「好きだ。もう一度、ゲリンが俺を好きになってくれるまで待ちたい」


 俺とダイタは十年間会わない日が続き、再会して今からやり直しても遅くはない。

 そう思ったが、ダイタ以外のアルファが頭から離れそうもなかった。


「まだ、チャンスはあるか?」

 ダイタが懇願するように問いかける。


 ダイタを好きだったが、クラウスを好きだと自覚したばかりだ。

 クラウスが、俺以外のオメガと一緒にいるのを見たくない。


 長年、欲っしたダイタが手に入るという時に、違うアルファが心を占めているなんて、なんて残酷なんだろう。

 ずっと好きだった人から告白されたというのに、クラウスの存在が、俺の中で予想よりも大きくなっていた。


 いつからだろう。

 俺だけを、じっと射すくめような琥珀色の瞳に魅了されていたのは。

 ここでダイタを受け入れたら、あの瞳は手に入らない。


 すれ違って失敗したダイタを目の前にして、俺は、焦燥感に襲われた。

 間違えるな。

 今の俺が選ぶのは、クラウスだ。


 俺の初恋が叶ったのと同時に、過去になっていたのだと、完全に理解してしまった。


 俺は、小さく首を振って呟いた。

「もう、戻れないよ」

 

 

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