第12話 お化けのクラウス

 オティリオに連れられて、俺とカスパーは政務宮の裏手にある大きなマツの木の下にいた。

 地面に転がる松ぼっくりを、カスパーは持参したかごの中に楽しげに集め続けている。

 

「そんなに集めてどうするの?」

 かごの中を確認したオティリオが笑った。


「みんなに、あげるの」

 カスパーは、自慢げに返した。


 俺も腰を屈めて地面に転がっている松ぼっくりを一つ拾って、軽く上に投げて掴み取りながら、何気なく背後を一瞥する。

 背後から視線を感じたからだ。


 長髪の男だ。

 太い幹に隠れて、時々こちらをちらちらと盗み見みするのは、梟の木の下で遭遇したお化けだった。


 俺は声を顰めて、オティリオに訊く。

「殿下、あれは誰ですか?」


 危害を加えそうな気配はまったくないが、護衛としては正体だけは知っておきたい。

 眉尻を上げたオティリオが、背後に視線を向けると、すぐにふっと笑って目を細めた。


 すると、お化けに向かって名を呼ぶ。

「クラウス!こっちにおいで」


 クラウスと呼ばれた男は、逡巡しながらも姿を現して、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 三角の耳と、毛の長いもっさりとした尻尾の獣人だ。

 

「末の弟のクラウスだよ」

 オティリオはクラウスの腕を掴んで、紹介した。


 アンゼル王国には、三人の王弟が存在し、なかなかお目にかかれない末の王弟は、人前に出ることもなく引きこもりだと聞いていた。

 だから、お化けの正体に、驚くことはなかったが。


 太陽の下で見るクラウスは、銀色の絹のように美しい髪で、お化けに見間違えるなどありえなかった。

 その銀髪は胸まで届くほどの長さで、双眸を隠くしている。


 並ぶと、兄のオティリオよりも弟のクラウスの方が背が高いようだ。


「ルシャード兄上の息子のカスパーと護衛のゲリンだよ。兄上が婚姻したことは知ってるよね?」


「うん」

 こくんと頷くクラウス。


「クラウス様も、聖獣?」

 カスパーが、訊いた。


「うん。でも僕は翼が生えてても飛べない。先天的に機能しないんだ」


 クラウスも優秀なアルファのはずだが、アルファ特有のプライドの高さを感じられない。


「飛べないの?」

「うん。でも逆にそれでよかった。僕は政治に全然興味がないから。出来損ないって期待されないぐらいが丁度よかったって思うんだ」


 オティリオが口を挟んだ。

「クラウスは出来損ないじゃないよ。そういうことを言うな」


「だってオティリオ兄上みたいに、社交的じゃないし。どうせ役立たずだから」

 クラウスはあっけらかんと言い放つ。


 悲観的でもなく卑屈になっているわけでもなく、事実を口にしただけという不思議な表情だった。

 

 そこで、カスパーが、クラウスが胸に抱える紙に興味を示す。

「それ、何?」


「絵を描いてたんだ。絵を描くのが好きなんだ」

 クラウスが嬉しそうに返事をした。


「何、描いてたの?」


 カスパーが訊くと、クラウスは口ぐもりながら、すっと人差し指を俺に伸ばす。

 もしかして、俺を描いていたのか。


「俺?」

 思わず、口からこぼれた。


 クラウスが頷き、オティリオが少し驚いたように言った。

「クラウスが人を描くなんて珍しいな」


「見せてもらうこと、できますか?」

「うん。いいよ」

 クラウスは尻尾を揺らしながら、抱えていた紙を裏返す。


 そこには、俺の横顔が木炭で描かれて、忠実に再現されていた。

 一瞬、息を呑むほど、生きた俺が紙の中にいる。


「上手いな」

 オティリオが感嘆した。


「こんな魅力的に描いてくれて、ありがとうございます」

 内から光ってるかのようだった。

  

「ゲリンを描くのは楽しい。もっと描きたい」


 一瞬、クラウスの琥珀色の瞳が垣間見えた。

 クラウスの目が、俺を射抜くように捕える。


 俺を細部まで表現しようとする、その熱のこもった視線は、頭の先から徐々に足のつま先までゆっくりと移動した。

 手のひらで撫でられたような感覚だった。


 クラウスの視線には、何か強く迫るものがある。


「じゃあ、引きこもってばかりいないで、今日みたいに外に出てこないとな」

 オティリオが兄らしく忠告するが、クラウスにはあまり響いていない。


 銀髪で隠しても隠しきれない存在感のある瞳は、まだ俺を見ている。

 面白い。

 俺は無意識に笑っていた。

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